望月吉彦先生
更新日:2017/1/23
「ワルファリン」の人間への応用は偶然に始まりました。1951年、米国の軍隊に徴用された男性がこの殺鼠剤である 「ワルファリン」を飲んで自殺を試みましたが、上手く行きませんでした。ワルファリンを飲んでも死ねなかったのです。これは自殺しようとした当人にとっても、そして大げさに言えば人類にとっても幸いなことでした。殺鼠剤として用いられる「ワルファリン」を「適切に使用」すれば、血液を凝固しないような状態に保ち、かつ死に至るような出血も生じないようにコントロールができることがわかったのです。これも、ある意味、偶然の出来事が発端です。
ここから「ワルファリン」の人への応用研究が始まり、人工弁が移植された患者さんへの投与(人工弁への血栓付着防止)、心房細動による心臓内血栓形成予防効果などに効果があることがわかり、ワルファリンは広く使われるようになりました。
「ワルファリン」の作用は食生活や体格に影響されますので、1ヵ月に1回は採血をしてPT-INRという検査を行い、効き目を確かめる必要があります(前回の“適切”とはこのことを指します)。
ワルファリンの効果を減弱させる食物がいくつかあります。その代表は「納豆」です。納豆は健康に良いのですが、「ワルファリン」を服用している方が納豆を食べると「ワルファリン」の効果が落ちてしまうのです。これを発見したのは東京医大八王子医療センター心臓外科の工藤龍彦先生です。この発見も『セレンディピティ』です。
工藤先生がワルファリンを投与していた患者さんに、重い血栓症(けっせんしょう)を発病する方が続いたのです。血栓症は、本来、きちんとワルファリンを服用していれば発症しない病気です。おかしいと考えた工藤先生は、患者さんが食べていた食事を調べました(その経緯について、工藤先生自身がお書きになった論考を見つけたので、本文の最後に添付しました。ご参照ください)。納豆が原因で、ワルファリンが「効かなくなっていた」のです。納豆自体に、ビタミンKは少ないのですが、食べた納豆菌が体の中で「ビタミンK」を作るのです。この「ビタミンK」がワルファリンの作用を阻害します。納豆により「ワルファリン」が効かなくなる機序を発見したのです。とても素晴らしい研究です。ビタミンKはあまり含まれていないけれど、体内で「ビタミンK」を作る食物は、ほかには、今のところ見つかっていません。
とにかく納豆を食べるとワルファリンが効かなくなることがわかったおかげで助かった方はたくさんいると思います。私の患者さんのなかには「死んでも良いから納豆を食べたい」と言う患者さんがいました。「納豆と命のやりとりをするのは馬鹿馬鹿しいだろう」と説得し、何とか納得してくれた思い出があります。
スイートクローバーから「ワルファリン」を発見したカール・ポール・リンクは1978年に亡くなっているので、この「納豆」と「ワルファリン」の関係を知ることは無かったのですが、知ったらびっくりしたと思います。
時々テレビで海外の方に「くさい」納豆を食べさせてみる番組をやっています。番組スタッフはこういう事実を知って番組を作っているのか心配になります。安易に納豆を食べさせて、もしそのなかに「ワルファリン」を服用している方がいたら大変なことになりかねません。納豆のほかにも「ワルファリン」の効力を減弱させる食材、飲料水があります。ワルファリン服用中の方は主治医とよく相談することが必要です。
「ワルファリン」は、非常に良い薬です。世界中でたくさん使われていますが、上述のごとく食べ物に影響されたり、体格に影響されたりもします。ある種のお薬にも、影響を受けます。そのため、効果を確かめる採血検査が必要だとお話しました。それが面倒だと思われる患者さんも多いのです。
2011年、50年ぶりに新しい抗凝固薬が発売されました。現在、ワルファリン以外の抗凝固剤で使用できるのは、
です。しかし、これらのお薬にはワルファリンを投与する際に必要な、採血検査や食事制限がありません。夢のような薬です。しかし、値段が高いのです。 現時点では、ワルファリンとかなり値段の差があるため、費用のことを患者さんと相談しながら使わければいけません。将来的には値段も下がり、多くの患者さんに使われるようになることと思います。そうなると「ワルファリン」は、上記1-4の薬では効かない、(1)金属性人工弁が入っている患者さんと(2)弁膜症を持っている心房細動の患者さんなどにしか使われなくなることと思います。
不整脈を感じる、動悸を感じることがあったら、是非、検査を受けてください。
注:「ワルファリンの作用が食した納豆により障害される“機序”を発見した経緯」を工藤先生自身が書いた文章を見つけました。挙げておきます。是非、お読みください。南江堂 胸部外科1977年 からの引用です。
望月吉彦先生
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