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029:散歩中に、就寝中に突然死。その原因とは?冠動脈疾患(1)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2016/01/25

今回から数度にわたって狭心症や心筋梗塞の原因となる冠動脈疾患(かんどうみゃくしっかん)についてお話しします。
先ず、1回目は冠動脈(冠状動脈とも言います)疾患の概略をお話しします。とても大切なことですので、是非お読みください。先ずは冠動脈の解剖についてお話しします。

冠動脈とは

冠動脈は、文字通り心臓を「冠(かんむり)」のように覆っている動脈のことです。冠動脈は心臓の筋肉に栄養、酸素を供給しています。
左心室から、全身に動脈血を送る大動脈が出ます。その大動脈から一番始めに分かれる動脈です。大動脈の根本から左右に冠動脈が出ています。左側はすぐに2本(前と後)に分かれます。ですから通常、冠動脈というと3本あることになります。
右側はそのまま右冠動脈と呼びます。左側は、左前下行枝(ひだりぜんかこうし:前側にある)と回旋枝(かいせんし:後ろ側にある)の2本です。右冠動脈は心臓の右側(右房、右室)と左心室の下側へ栄養を供給しています。左前下行枝は心臓の前面から側面を、回旋枝は心臓の後面へ栄養を供給しています。

冠動脈の評価には、冠動脈に造影剤を入れて検査します。実はこの冠動脈造影の開始、創始もセレンディピティなのですが、その話はまたいつか書こうと思います。
さて、冠動脈疾患の説明をうける時に図1、2の様な模型を見た方もいらっしゃるかと思います。

図1
図1 冠動脈を正面から見た時、向かって左の血管が右冠動脈

図2
図2 冠動脈を側面から見たときの向かった左の血管が左冠動脈(前と後ろに分かれています)

心臓の中から、冠動脈だけ取り出した模型です。この模型は、世界中で使われましたが、実は日本製です。考案者は現在、大崎にある東京ハートセンターの理事長の遠藤真弘先生です。同先生が考案し、京都科学社が制作、針金で冠動脈を表しています。
この模型が凄いのは、心臓から筋肉を取り除いたことです。心臓の中から、冠動脈だけ取り出し、針金で表現したのです。冠動脈の走行がとてもわかりやすくなっています。針金がまた絶妙で、実にリアルです。京都科学社の技術力、表現力の高さを物語っています。この模型は、日本は元より、バイエル社を通じて、全世界で使われています。この模型を知らない循環器科の医師はいないと思います。
文献1 はその遠藤先生が「知的財産」について書いた論考です。遠藤先生はこの模型について「知的所有権に無知だったので意匠権あるいは著作権に未登録だった」と後悔の言を書いています。本来なら、この模型は「遠藤モデル」と呼ばれても良かったのですが、外国人の医師は元より、日本人の医師もこの模型の考案者が遠藤先生であることを知る人はまれです。残念な話です。

閑話休題、話を戻します。この3本の冠動脈の重要性には順位があります(もちろん全ての冠動脈が大切なのですが)。

  1. 前下行枝
  2. 右冠動脈
  3. 回旋枝

の順番に大切です。
大切と書きましたが、その意味はそれぞれの血管が急性閉塞した時の死亡率順だと思ってください。
それより怖いのが、図3の部分の狭窄です。これは前下行枝と回旋枝に分かれる前の左冠動脈主幹部(ひだりかんどうみゃくしゅかんぶ)と呼ばれる部分の狭窄です。この部分が急に閉塞すると突然死します。

図3
図3:左冠動脈主幹部狭窄

この写真の患者さんは少し動いただけでも、胸痛が生じるとのことで来院されました。心電図からも狭心症を強く疑ったため、直ちに心臓カテーテル検査を行ったところ、図3のように、左冠動脈の根元が糸のように細くなっていました。このままでは、心臓への血流がいつ途絶するかわかりません。ですから、直ちに緊急で冠動脈バイパス手術を行いました。一歩遅ければ、怖いことになっていたと思います。

血管は文字通り“ぼろぼろ”に…

時々、新聞に著名人の方が「散歩中に突然死」「就寝中に突然死」という記事が出ます。こういう方の解剖をすると、この部位の冠動脈閉塞か、大動脈解離という病気であることがほとんどです。
こういう病気は動脈硬化が原因です。動脈硬化は、血管が硬くもろくなるために生じます。誰にでも動脈硬化は進行します。既に1歳から動脈硬化の所見が現れるとする研究もあるくらいです。

では、動脈硬化が進行するとどうなるでしょうか?
二通りに分かれます。動脈が狭窄、閉塞する場合と、動脈が弱く脆くなって瘤状(りゅうじょう)に変化(瘤状:こぶのように太くなる)する場合の二通りです。混在することもあります。冠動脈に生じる動脈硬化は、狭窄するタイプの変化がメインです。それが狭心症であり、心筋梗塞です。
こういう病気の危険因子(動脈硬化の進展因子とも言えます)はたくさんあります。それは、

  1. 加齢:年を取れば動脈硬化は進展します。誰でもです。
  2. 性別:男性の方が多い
  3. 糖尿病
  4. 高血圧
  5. 喫煙
  6. 肥満
  7. 高LDL血症 低HDL血症
  8. 家族歴
  9. ストレス

これらのうち、いくつかをお持ちの方は、動脈硬化の進行が早いのです。このうち、加齢、性別は本人にはどうしようもありませんが、糖尿病、高血圧、喫煙、肥満などは、コントロールが可能です。

もともと糖尿病があり、且つ、喫煙をして、さらに高血圧がある方は血管が文字通り“ぼろぼろ”になります。
なかでも、私が心の底から怖いと思っているのは糖尿病です。
糖尿病は“血糖値が高くなる病気”、“おしっこに糖が出る病気”くらいに思っている方も多いと思いますが、違います。糖尿病の方は血糖値がアップダウンすることで血管が激しく損傷しますし、神経障害を生じます。神経障害が生じると冠動脈疾患に付きものである胸痛を生じなくなります。これが“無痛性心筋梗塞、無痛性狭心症”です。気が付いた時には、心臓の筋肉がかなりダメージを受けていることも、糖尿病の方には結構多いのです。痛みが無いので深刻な陥っていることが自覚できないのです。糖尿病の方は特に注意しましょう。

喫煙していると、いざという時の全身麻酔リスクが増大しますし、手術後の肺炎リスクも高いのです。喫煙していると、麻酔から覚めた後にも痰がたくさん出るので大変です。どうか、喫煙している方は禁煙してください。
喫煙と冠動脈に関する論文は多数あります。中でも有名なのがこの論文です(文献2)。
「Cigarette smoking during coronary angiography: diffuse or focal narrowing (spasm) of the coronary arteries in 13 patients with angina at rest and normal coronary angiograms.」:喫煙しながら(患者さんがです)、冠動脈造影をしたらどうなるかということを調べた論文です。
今なら、絶対に許されないような研究ですが、このような研究があって初めて「喫煙で冠動脈がどうなるか」がわかったのですから、この研究に参加した患者さんには感謝しなければならないですね。
結果は、「冠動脈造影を行っている間に喫煙をしてもらった13例を検討したところ、喫煙により、冠動脈全体または一部のSpasms(スパスムス:けいれん、収縮)を認める」というものでした。
喫煙で冠動脈は激しく収縮するのですね。喫煙することで、冠動脈に何度も“スパスムス”を誘発しているのです。ですから、喫煙を繰り返していたら血管が損傷するのは目に見えています。

最近、本屋さんでこんな本を見つけました。「早死にしたくなければ、タバコはやめないほうがいい」。煙草を吸った方が長生きすると言っているのです。はっきり!言って、間違いだらけです。どうか、喫煙している方は禁煙してください。それが健康への第一歩です。

次回、動脈硬化が加速するとどうなるか、実際の症例でお示しします。

【参考文献】

  1. 人工臓器:Vol. 24 (1995) No. 5 P 966-975
  2. Cathet Cardiovasc Diagn. 1986;12(6):366-75.

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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