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026:脈がゆっくりになったり止まったりする不整脈とは?不整脈について(2)(望月吉彦先生) - ドクターズコラム

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2015/10/26

前回お話ししましたとおり、心臓がきちんと動くためには電気が刺激伝導系という電線を正常に流れることが必要です。
その電気ですが、一番最初に「洞房結節」にスイッチ(電気刺激)が入ります。このスイッチの速さ(=脈拍数)は交感神経系、副交感神経の支配を受けています。運動したり、興奮したり、好きな人の手を握ったりすると脈が早くなるのはこのせいです。これを交感神経系が優位になると言います。
逆に、副交感神経が優位になると脈が遅くなります。副交感神経が急激な刺激を受けると心臓が止まってしまうこともあります。極端な例ですが、冷えたビールを大量に一気飲みしてお亡くなりになった患者さん(大学生)を診たことがあります。冷えたビールが食道から胃を通るときに副交感神経系を刺激して心臓が停止したと思われました。急性アルコール中毒と違い、飲んですぐに意識がなくなったのです。救急搬送されましたが、心拍は再開されませんでした。大量のラーメンの一気食いをして意識消失をきたした患者さんもいました。これも一気に胃が拡張して副交感神経が刺激され、一時的に心臓が止まった可能性が高いです。この方は幸いにも意識が戻り、今は普通に生活しています。何れにせよ、一気飲み、一気食いは止めましょう。

心臓に関する「不思議」とは

話は戻ります。要するに脈の数は交感神経系と副交感神経のバランスが決めているのです。ということがこれまで、世界中の教科書に書かれていました。しかし、図1に示すように、心臓への交感神経系と副交感神経の分布バランスが極端に悪いのです。

図1.心臓に分布する神経
図1.心臓に分布する神経

これは心臓に関する「不思議」の一つでした。要するに交感神経系が多すぎるのです。
解りづらい話ですが、交感神経が心筋へ「動け」という命令を出すときにはノルアドレナリンという物質を出します。一方、副交感神経が心筋に命令を出すときにはアセチルコリンという物質を出します。ノルアドレナリン、アセチルコリンは神経伝達物質といいます。ノルアドレナリンは心臓の筋肉を動かすのですが、過量になると心臓は「バテて」しまい、心不全になりますし、もっと過量になると心臓は動かなくなってしまいます。正常の心臓にノルアドレナリンをたくさん与えるような実験系を作って実験をするとわかるのですが、ノルアドレナリン投与当初は心臓の動きも良いのですが、段々と心臓の働きは弱ってきます。そういう作用を持つノルアドレナリンを分泌する交感神経が心臓内にはたくさん分布しています。一方、副交感神経系はアセチルコリンを分泌し、心臓の収縮を抑制し、心臓を保護するように働きます。
さて、そのバランスです。あまりに副交感神経が少なすぎます。これでは心臓が「バテて」しまいます。おかしいと思ったのが高知大学の柿沼由彦先生です(現:日本医大)。 柿沼先生は、心臓の筋肉自体がアセチルコリンを作っているのではないか?と思いつき、それを立証します(詳細は参考文献1.-4.)。普通、そんな事は思いつきません。世界で初めて、柿沼先生が証明した事象です。何故、凄いかというと、「心筋細胞自体が心臓を保護するように働くアセチルコリンを作るので、心臓は上手く休める」ことを世界で初めて証明したのです。
だから、心臓にたくさんある交感神経系からたくさん命令が出ても(=ノルアドレナリン出て)、心臓は(心筋自体がつくるアセチルコリンのお蔭で)適度に休むことが出来るので、心臓はバテないのです。心臓が休まずに動ける原理を発見したのですね。凄い研究です。

この現象を証明するような、別な研究も出ています。認知症の研究からです。認知症と心臓は関係がありませんが、認知症治療薬でアリセプト®(ドネペジル:エーザイが開発した日本発のお薬)というお薬があります。詳細は省きますが、この薬は体内のアセチルコリンを増やす作用があります。
2013年、そのお薬を使った5100人を解析した結果、同薬を服用している人は心筋梗塞発症率、心臓病死亡率が減少している事をスウェーデンのグループが発表しています。柿沼先生のグループが行った基礎研究と臨床研究の結果がぴったりと合っています。今、ホットな話題です。要するにアセチルコリンを体内で増やす事が出来れば、心不全の改善や予防が出来ることになりますので、アセチルコリンを体内に増やす器具(もう実は一部臨床使用されています)やお薬の開発が盛んに行われています。

脈がゆっくりになるタイプの不整脈について

前振りが長くなりましたが、話は不整脈に戻ります。そういう緻密な仕掛けで心臓は動いているのです。それでも刺激伝導系の障害が生じる事があります。それが不整脈です。今回はそういう刺激伝導系障害の内で脈がゆっくりになるタイプの不整脈についてお話ししたいと思います。

脈が遅くなるタイプには

  1. 房室(ぼうしつ)ブロック(写真 1)
  2. 洞機能不全症候群(どうきのうふぜんしょうこうぐん)(写真 2)
  3. 徐脈性心房細動(じょみゃくせいしんぼうさいどう)(写真 3)

の3つがあります。

(写真 1)
写真 1

(写真 2)
写真 2

(写真 3)
写真 3

これら脈が遅くなるタイプの不整脈に共通するのは、

  • (1)意識消失を生じる可能性があること
  • (2)徐脈による心不全を生じる可能性があること

です。
写真1は、「完全房室ブロック」です。“房室ブロック”とは文字通り、心房と心室の電気の流れが“ブロック”されること=伝導障害により発症します。原因は様々で、生まれつき房室ブロックを認めることもあります。房室ブロックは意識消失も生じますが、心不全になる事もあります。正常成人では約一日10万回!心臓は動いていますが、完全房室ブロックでは1日5万回位の心拍数になり、一回あたりの心拍出量が多くなるため心臓肥大を生じ、心不全状態となり病院に救急搬送されることもあります。

脈が遅くなるタイプの不整脈で怖いのは写真2、3に見られるように急に心臓が止まる場合です。
3秒以上心臓が止まると意識消失を生じます。写真 2 は8秒、写真 3 は6秒の心停止とそれに伴う意識消失を生じています。このタイプの意識消失は、突然生じ、頭に血液が流れなくなるため防御姿勢が取れずに倒れてしまいます。

余談です。私が医学生の頃は不整脈による意識消失を 「Adams-Stokes発作」と習いました。しかし、最近ではその名前が段々長くなっています。現在、欧米の教科書では「Gerbec-Morgagni-Adams-Stokes syndrome」となっています。 これは、Gerbecは1692年、Morgagniは1761年、Adamsは1827年、 Stokesは1846年に、各々が同様の内容の発表をしていたことが後々になって判明したため、病名に4名全員の名前が入るように変わったのです。出世魚とは違いますが、同じ病気でも学んだ時期で名前が変わってしまうのは驚きですね。このままですと、「Adams」や「Stokes」の名前が消えてしまい、「Gerbec-Morgagni発作」となってしまうかもしれません。

閑話休題、この病気は大変恐ろしいです。不整脈により頭に血が通わなくなるので身体は防御態勢をとる事も出来ずに倒れます。ですから、交通事故を起こしてからこの病気が見つかったり、階段から落ちて見つかることもあります。一昨年のことです。外来診療中に目の前で、意識消失を生じた患者さんがいました。直ちに心電図を記録したら、何回も心臓が止まっているので即刻救急車で心臓専門病院に搬送しました。そして、その日のうちにペースメーカーを移植しています。(なんと、その患者さんは車を運転して病院に来ていたのです。ふらふらしたり、交差点でぶつかりそうになったと言っていました!) この病気の治療の基本はペースメーカー移植です。局所麻酔で出来る手術です。ペースメーカーは500円硬化3枚ぐらいを重ねた程度の大きさです。この病気と診断されて、ペースメーカー移植を拒否すると警察に通報しなければいけないこともあります(交通事故予防のためです)。こういう病気の診断に24時間心電計(ホルター心電計)が必要です。24時間、タバコの箱くらいの心電図記録装置をつけて検査します。意識消失はもちろん、ふらついたり、不整脈を感じることがありましたら、すぐにこの検査を受けることを強くお勧めします。

次回は、脈がはやくなるタイプの不整脈の話をします。

【参考文献】

  1. 「心臓の力 休めない臓器はなぜ「それ」を宿したのか」(ブルーバックス新書):柿沼由彦著
    名著です。アセチルコリンを心筋が作ることを発見した当事者の書いた本ですので、面白くないわけがありません。実に面白い本です。心臓に限らず、生物に興味がある方やお薬に興味がある方は、是非お読みください。
  2. Cholinoceptive and cholinergic properties of cardiomyocytes involving an amplification mechanism for vagal efferent effects in sparsely innervated ventricular myocardium. Kakinuma Y, Akiyama T, Sato T.:FEBS J. 2009 Sep;276(18):5111-25.
  3. Anti-Alzheimer's drug, donepezil, markedly improves long-term survival after chronic heart failure in mice. Handa T, Katare RG, Kakinuma Y, Arikawa M, Ando M, Sasaguri S, Yamasaki F, Sato T. J Card Fail. 2009 Nov;15(9):805-11.
  4. Donepezil, an acetylcholinesterase inhibitor against Alzheimer's dementia, promotes angiogenesis in an ischemic hindlimb model. Kakinuma Y, Furihata M, Akiyama T, Arikawa M, Handa T, Katare RG, Sato T. J Mol Cell Cardiol. 2010 Apr;48(4):680-93.
  5. The use of cholinesterase inhibitors and the risk of myocardial infarction and death: a nationwide cohort study in subjects with Alzheimer's disease. Nordström P1, Religa D, Wimo A, Winblad B, Eriksdotter M. Eur Heart J. 2013 Sep;34(33):2585-91.

注1:アセチルコリンは今から、約100年前の1914年、イギリス人の脳科学者サー・ヘンリー・ハレット・デール(Sir Henry Hallett Dale、1875年-1968年))が発見しています。そして、アセチルコリンの機能はユダヤ系ドイツ人生理学者オットー・レーヴィ(Otto Loewi、1873年-1961年:後にアメリカに亡命)が発見しています。レーヴィは2つのカエル摘出心標本を用いて実験を行いました。迷走神経(副交感神経)を刺激中に採取した心灌流液で別の標本の心収縮が抑制されることを示したのです。要するにアセチルコリンが神経伝達物質であることを証明したのです(なお、この実験は夢を見て思いつき、それをノートに書き付けたのです。この実験でノーベル賞をもらえると確信したとレーヴィは書いています)。実際、デールとレーヴィは1936年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。ああ、そういう夢が見たいです。ちなみに湯川秀樹の中間子理論も寝床で思いつき、それをノートに記したのが元です。

注2:アセチルコリンは、真性細菌などの原核生物を始めとして、ほぼすべての生物での存在が報告されています。30億年前から存在したのです。ある意味、生きとし生けるもの全て(動物、植物、etc.)の生存に関与している物質であるとも言えます。

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-3-10 チサンホテル浜松町1階
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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