望月吉彦先生
更新日:2015/08/31
今回から数回、「不整脈(ふせいみゃく)」のお話をしようと思います。皆さんは「不整脈」という言葉をご存知と思います。正常な脈は整脈といいます。一定のリズムで心臓が拍動していることを示します。不整脈はその名前の通り、脈が不整=「一定リズムでは無い」状態です。不整脈は様々です。無視して構わない不整脈から一瞬にして死に至る怖い不整脈まで色々な種類があります。そういう不整脈に関する基本的なお話しを数回に分けてします。お付き合いください。
心臓は1日に約10万回動いています。±2万回くらいは正常範囲です。1日10万回なら、平均すると1分間当たり約70回心臓が動いていることになります。安静時なら、心臓が収縮する度に約70ccの血液を拍出します。1日なら7000リットルにもなります。それはガソリンなどを運搬するタンクローリー車のタンク一個分に相当します。凄い量の血液を心臓は拍出しているのです。心拍数、心拍出量は年齢、性別、運動量などでもかなり変動します。以前、オリンピックに出たこともあるマラソン選手の心電図をとったことがありますが、平均心拍数が30代前半でした。
不整脈のお話するにあたり基本的な「脈の取り方」を紹介します。不整脈を知るには脈を触ってみることが必要だからです。そもそも「脈」とはなんでしょうか?
心臓が収縮して、動脈を通って、全身に血液を送り出すと、動脈が動きます。その動きが「脈」です。心臓が動いている、証拠とも言えますね。江戸時代には脈を触れてよく観察するための「脈机」という脈を触るための専用机があったくらいです。
それはさておき、「脈の取り方」です。正確に言うと「動脈」の触り方ですね。簡単に触れる事ができる動脈は、
など何ヵ所もあります。お風呂に入った時などには触れ易いので、一度触れてみると良いと思います。
ただし、頚動脈を試す時には少し注意が必要です。頸動脈は触りすぎると脈がゆっくりになることがあり、これを「アシュナー反射」と言います。「アシュナー反射」を用いて「ある種の脈が早くなる不整脈」の治療をするくらいですから、要注意です。それ以外の動脈はいくら触っても大丈夫です。もし、触れなかったら、それはそれで問題です(脈無し病=高安病、なんていう病気もあります)。もし本当に脈が触れないなら、医師にご相談ください。色々な病気が隠れているかもしれません。
「ちょっと脈がおかしいな?」「動悸(どうき)がするかな?」と思ったら、手の脈(橈骨動脈:とうこつどうみゃく)を触れてみましょう。橈骨動脈は手首の親指側が一番触れやすい箇所です。普段から気をつけて脈を触れてみる習慣を持つと良いですね。
脈の数も数えてみてください。時計を見ながら、脈を数えてみてください。20秒で脈が20回だったら一分間の心拍数は60/分になります。その際、脈が一定リズムでないなら注意が必要です。脈拍数が一分間に40拍以下、あるいは安静にしていても100以上が続くなら、要注意です。
脈拍数を数えるのが面倒であれば、今はスマホで脈拍を数えるアプリが沢山ありますので、そういうものを利用してみるのも良いでしょう。ただ、脈が触れなくなったり、急に早くなったりする現象はアプリでは判りませんので、「おかしいな」と思ったら、医師に相談してください。
そもそも、脈が早くなったり、遅くなったりするのはなぜでしょう。心臓は電気が心臓の筋肉に伝わることで、動いています。心臓の動きと共に電気が流れることを発見したのはドイツ人医師アルベルトフォンケリカー(Albert von KÖlliker)とハインリッヒ・ミューラー(Heinrich MÜller)です。1856年のことです。坐骨神経が付いたカエルの脚の一端を別なカエルの心臓に付けたら、カエルの脚が心臓の一周期当たり3回収縮するのを見つけたのです。この発見は実は偶然なのです。カエルの脚を、別な実験をしていた心臓のところに落としてしまったことからこの発見が得られたのです。脚を落としてなければ、この歴史に残る凄い発見は得られなかったと思います。凄い偶然ですが、それを見逃さなかったのは偉いですね。
次に、簡単に心電図の話をします。心臓の中をどのように電気が流れるかを記録したのが心電図です。オランダのウィリアム・アイントホーフェン(Willem Einthoven)医師が心電図を発明したのが1903年のことです(図2参照)。アイントホーフェン先生の息子さんは電気技師でお父さんの発明した心電計を改良し、簡単に測れるよう改良しました。今、心電図が簡単に測れるのは、この息子さんの貢献が結構大きかったのですが、その息子さんは、オランダから遠く離れた東京で、1945年にお亡くなりになっています。その経緯は何れ、お話ししようと思いますが、「悲劇」です。
さて、その心電図です。皆さんも一度は心電図検査を受けたことがあると思います。
図1 心電図の基本波形
図1は、心電図の基本的波形です。P波は心房の興奮を現すと言われています。PR間隔は心房から心室へ電気が伝わる時間を、QRS波は心室が興奮する時間を、ST部分は心筋の再分極を、T波は心室筋の再分極を示すと言うことになっています。
なぜ、「P Q R S T 」が使われているのか諸説紛々です。「A B C D E 」でも良かったと思うのですが、アイントホーフェンは波形の命名に「P Q R S T 」を使っています。心音の研究もしていたので、PhoneのPを使ったという人もいます。ただ単に「P」が好きだったのかもしれません。真相は不明です。
先ほど、カエルの心臓が1回打つ間にカエルの脚が3回動くと書きました。それは心臓が一回動く度に、P波、QRS波、T波と一致して3回電気が流れるからです。心電図が記録できるようになって初めて、実際に心臓内に電気が流れていることとカエルの脚が3回動くという事実が結びついたのです。逆に言えば、心電図は正しく電気記録をしているとも言えます。
図2 1903年アイントホーフェンが 世界で初めて記録した心電図
図2は、世界ではじめて記録された心電図です。オランダ、ライデンにあるブールハーフェ博物館に展示されています。今の心電図と変わりありません。PQRST全てそろっています。実にきれいです。(注:ブールハーフェ博物館はオランダ自然科学博物館です。オランダで発明、あるいは発見された。自然科学に関する偉大な業績のあれこれが展示されています。例えば、歴史上はじめて顕微鏡を使って微生物を観察したレーウェンフックの顕微鏡などです。日本で発行されているオランダの観光案内本には載っていませんので、行きたい方は博物館のサイトをご覧ください。)
ブールハーフェ博物館
次は、心臓の中をどのように電気が流れるかのお話しです。これの解明には日本人医師の大きな貢献があります。心臓の中には「刺激伝導系」という経路(電線と思っていただければ結構です)があります。最初に電気スイッチが入るのが洞房結節という部位です。心臓の右心房と上大静脈の間にあります。以下、1→2→3→4 の順に電気が流れます。
1→2→3→4 の順に電気刺激が伝わりますが、発見されたのは、4→3→2→1 の順です。逆なのです。面白いですね。何れにせよ、1→2→3→4 の順にきちんと電気が流れると効率よく心臓が動きます。きちんと電気が流れないと脈は乱れます。それが『不整脈』です。
伝導系の細胞は、心臓を形成する心房細胞や心筋細胞とは形態が違います。それに気づいたのが、プルキンエ、ヒス、田原 淳、キースフラックで、その連続性までにも気づいたのが、田原です。
田原は房室結節のみの発見者のように記載された教科書が多いのですが、これは完全に間違いです。彼の学位論文は「哺乳動物の刺激伝導系」です(図3)。
1から4にいたる「伝導系の全貌」を最初に記載したのは田原です。近年、欧米でも田原の論文が再評価され、ドイツ語で出版されていた「哺乳動物の刺激伝導系」の原文が英訳されて通販でも購入することが出来ます。興味のある方は、読んでみてください。
図3 1906年 田原淳の「哺乳動物心臓の刺激伝導系」表紙
少し振り返ります。オランダのアイントホーフェン先生が心電図法(ECG/EKG)を発明したのが1903年のことです。前述の如く、田原淳による刺激伝導系の発見が1906年です。ほぼ同時期に、心臓に流れる電気に関するとても重要な発見があったことになります。
当初は、刺激伝導系と心電図の関係など全く不明でした。しかし、次第にその関係がわかってきました。両者が相まって解明されていきます。そして、Einthovenは1924年ノーベル賞を受賞します。残念なことに田原の受賞はありませんでした。
望月吉彦先生
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