疾患・特集

がん治療と仕事の両立支援は地に足つかず サバイバー伝授!がんとお金(5)

がんの治療成績が向上し長期生存が可能になった今、治療と仕事・生活の両立に関心が高まっています。多くのセミナーが開催され、国のガイドラインも作成されました*1。ところが、厚生労働省の対応は矛盾だらけです。だから、啓発活動の盛り上がりの割に社会への浸透度はいま一つとの批判も強いのです。昨年(2019年)の暮れ、電車の中吊り広告ポスターを見た大塚美絵子さんはショックでへたりこんでしまったといいます。何があったのでしょうか?

島耕作の裏切り!女性は両立支援対象ではない?

問題の電車の中刷り広告は、2019年12月開催の厚生労働省主催のセミナー「令和の働き方改革~両立支援が会社と社員にもたらすもの~」でした(写真/JR上野東京ラインの車内で撮影。下記)。

出典:リンパレッツのウェブサイト・店長の日記(ブログ)「厚労省の無理解」

出典:リンパレッツのウェブサイト・店長の日記(ブログ)「厚労省の無理解」

中吊り広告の6つあるコマには登場人物が延べ20人以上いますが、そのなかに、女性が誰1人もいないことに気がつきましたか? 「漫画なのだから、神経質にならなくても」と言われそうです。しかし、就労年代の患者数は男性より女性の方が多いのです。 とりわけ、就労世代の核となる30~49歳では患者の3人のうち2人は女性です(下記に掲載している図と表を参照してください)。それにも関わらず、女性が1人も登場しない両立支援セミナーの広告を打つというのはどういう神経でしょうか? 大塚さんは、「ポスターを見て、島耕作に裏切られた!と感じた」と怒りをあらわにしています。

データの可視化で明確になるがん罹患率の男女比

がん患者の男女比を実際のデータで見てみましょう。
国立がん研究センターはがんについていろいろ統計数値を発表しています。大塚さんはそのなかから、地域がん登録・全国実測値:がん罹患データ(2014年~2015年)で2015年に新規にがんと診断された患者数のデータをコピーしました。
そのままでは数字の羅列なので、エクセルで見やすいように加工し、就労年齢の患者の男女比の部分を拡大してみました。
働き盛りの世代の女性がん患者がどれほど多いか一目でわかりますね。30~49歳では、がん患者の3人に2人は女性です(図、表)。

図、表:就労年齢(20~59歳)における男女別がん罹患者数(2015年のがん罹患者数データ)

図:就労年齢(20~59歳)における男女別がん罹患者数(2015年のがん罹患者数データ)

表:就労年齢(20~59歳)における男女別がん罹患者数(2015年のがん罹患者数データ)

出典:国立がん研究センターがん情報サービスがん登録・統計 がんに関する統計データのダウンロード:2.罹患2)地域がん登録・全国実測値/がん罹患データ(2014年~2015年)、国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」〔全国がん罹患モニタリング集計(MCIJ)〕
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html#incidence4pref

出典:リンパレッツのウェブサイト・店長の日記(ブログ)「厚労省の無理解」

いまから4年前の大塚さんブログにも、上記と同じような記事がありました
つまり、就労問題に関して女性患者の置かれた現状に対する認識は、4年が経っても大きな進歩は見られていない(=失われた4年間)と言えるのではないでしょうか?

まずは現実に存在するジェンダーギャップ(男女格差)を意識すべき

では、どうすれば良いのでしょうか?大塚さんは「政策立案や、ガイドライン作成において、もっとジェンダー・ギャップを意識し、それを提言に反映する必要がある」と言います。
特に就労世代のコア、30~55歳の女性は、子育てや介護も担っており、仕事との両立だけでなく、三位一体、マルチタスクの同時遂行が求められる場合も少なくありません。また、会社との交渉で立場の弱い非正規やパート労働についている割合も高いのです。
このような現状を認識し、それぞれの状況に配慮した対策を提言しない限り、仕事と治療の両立の現状を変えることは難しいと大塚さんは指摘しています。

あちこちに潜むジェンダー・ギャップ(男女格差)

昨年12月、世界経済フォーラム(WEF: World Economic Forum)による19年の「ジェンダー・ギャップ指数」(the Global Gender Gap Report 2020)で、日本は153カ国中121位に甘んじたというニュースが報じられました。最大の要因は政治参加の遅れ。健康⾯での格差はさほど悪くない評価でしたが、「健康面での潜在的格差もまだまだ大きい」と⼤塚さん。
たとえば、Kutoo(クートゥー、職場での女性に対するハイヒールやパンプス着用の強制問題に対する社会運動)に対し、厚生労働大臣は「業務の上で必要かつ適切であればハイヒールの着用を強制することは社会的に受け入れられる」と発言しました。
この発言、一般的な女性差別としても問題視されましたが、とりわけ女性がん患者にとっては、「切捨てにつながりかねない」と大塚さん。
というのも、抗がん剤の副作用で足先に痺れをかかえ、ハイヒールやパンプスがはけなくなる患者が非常に多いからです。
大塚さんは、「私もハイヒールは全部捨てました。厚労相は、多分現実をご存じないのでしょうが、“抗がん剤治療した女性は職場復帰するな”と言っているように聞こえました」といいます。

最後になりますが、大塚さんからお怒りのメッセージです。

「患者の社会復帰を応援します。職場復帰を促します」と大々的にキャンペーンを張っている厚労省、しかもトップが「女性はパンプス履いてね。企業も、それを要求しても許されるよ」と言ったことが大問題なのです。
「がん患者さんの社会復帰を応援しますよ」と大上段に構えておいて、社会復帰促進のポスターには女性が登場しない。痺れた足で履くのが困難な靴の強制を大臣が容認してしまう。この大矛盾を認識していない=「地に足がついていない」なのです!

リンパレッツロゴ

大塚美絵子さん

2012年に卵巣がんを発症したサバイバーさんです。ご自身は、がんと闘った経験から、リンパ浮腫(むくみ)対策などの弾性ストッキングやスリーブなどを販売するお店をしています。
がん患者さんを支えるために相談会や講演といった、さまざまな活動に励んでいます。
大塚さんのお店やブログ

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公開日:2020/02/26