子供や思春期、若年のがん患者さんにとって妊娠・出産は切実な問題です。病気やがん治療により、「妊よう性」という生殖能力(妊娠する力のことをいいます)が低下するケースがあるからです。子供が授かる可能性として妊よう性温存治療の選択肢などがありますが、正確な情報を理解して納得したうえで選択すべきです。医学会や地域の相談事業や自治体サポートの取り組みを紹介します。
目次
思春期~若年成人の15~39歳くらいの世代はAYA世代(AYA:Adolescent&Young Adult)といいます。学業、就職、社会参加に加え、恋愛、結婚、妊娠や出産などのライフイベントに巡りあう機会が多い世代です。
しかし、病気やその治療が生殖機能に影響を及ぼすことがあります。特に、がん治療において、手術、放射線治療、抗がん剤治療などの影響で、がんを克服した後に子供を授からなくなるケースが少なくないので、がん克服後に長期の人生を過ごすAYA世代をはじめとした若年患者さんにとっては切実な問題です。
生殖臓器(子宮や卵巣、男性では精巣など)以外の疾患でも、上記の治療の副作用として生殖機能低下を引き起こし、不妊となる可能性があります。
また、治療が生殖機能にダメージを与えなくても、治療期間が5~10年と長く続くと、この間に生殖可能年齢を過ぎてしまうケースもあります。
筑波大学の吉田加奈子さんらは、AYA世代のがん経験者さんに調査を実施して、がん罹患が恋愛や結婚に及ぼす影響について検討しています。2つの研究結果を紹介します。
吉田さんらの研究成果から、まずAYA世代の時期にがんと診断され、そのときは未婚であった人に、当時の恋愛や結婚に対する思いを面談形式で調査した結果について紹介します。
恋愛や結婚にがん罹患が影響したことに関する調査結果では、回答が多い順に「不妊の可能性など妊よう性の問題」、「がん罹患を打ち明けること」、「外見の変化」、「再発・転移・体調への不安」などが挙げられていました。
がん罹患後の恋愛・結婚に関して希望するサポートは「医療機関/カウンセラー」と「ピアサポート」と答えた人が多く、医療機関に対しては「がん治療開始前の妊よう性温存治療の選択肢があることや、がん治療後の生殖機能に関する情報が欲しい」といった意見が多く寄せられていました*1。
次に、多くのかたを対象としてニーズを詳しく探るために、AYA世代の未婚期にがんに罹患した経験がある約200人にウェブ調査をした結果を紹介します。
調査結果では、がん罹患が恋愛・結婚に及ぼした影響については、1~3位は以下のとおりでした(複数回答)。1~3位は、いずれも回答者の約半数が「強く影響した」または「やや影響した」と回答していました。
この調査に参加した人は全員、がん診断時は独身でしたが、調査に参加した時にも独身で、今後の恋愛・結婚に不安を感じると回答した人が、具体的に不安に感じることの1~3位は以下の通りでした(複数回答)。1~3位はいずれも回答者の約4~5割が回答していました。
がん罹患後の恋愛・結婚に関して、希望するサポート先と実際に利用してきたサポート先を聞いたところ、希望・利用ともに多いのはがん経験者さんの体験談や医療情報でした。
希望するサポートに関しては、同じがん種、同じ年代、同じライフステージ(未既婚、⼦供の有無など)のがん経験者さんの体験談を挙げる⼈が多いこと、利⽤したサポートに関しても、がん経験者の体験談を聞くことを挙げた⼈が多いこともわかりました**2。
がん患者さんの病気や治療が妊よう性に影響する場合、子供が授かる可能性として妊よう性温存治療を受ける選択肢があります。
生殖医療(技術)の進歩によって、過去には治療後の妊娠・出産が不可能だった患者さんの妊娠の期待がひらけていきました。
その半面、これらの医療によって100%子供を持つことが保証されるわけではないこと、患者さんの生殖機能や原疾患の病状によっては妊よう性温存が適さない場合もあること、高額な医療費の問題など、十分な理解と納得が必要です。
日本がん・生殖医療学会では、妊よう性温存治療について詳しく紹介しています。
また、妊よう性温存治療以外に里親・特別養子縁組制度があります。がん患者さんへのサポートをどのようにするのかが課題です。
参考イベントとして、2020年2月15日、16日に、さいたま市大宮区にて開催予定の第10回日本がん生殖・医療学会学術集会共催市民公開講座「がん・生殖医療の福祉の協働」(http://www.j-sfp.org/entry/2020program.html#190216)があります。
かつては、がん治療を受ける前や手術を受ける前に、妊よう性温存治療のことを知らなかった、妊娠・出産のことを相談する機会がなかったという人は少なくありませんでした。
妊よう性温存治療のネックは、健康保険が使えず高額で保管料を毎年払う場合があることです。また女性の場合、凍結保存に2~4週間かかるときがあり、がん治療を受けるまでの短期間で選択しなければならないときがあります。
病気の進行が早い患者さんには、がん治療を早急に受けなければなりません。家族の不安が大きい時期に、さまざまな問題を抱えながら今後のことを考えることになります。
そこで、自分1人で考えるのではなく、患者さんや家族などへの相談サポートができるよう、日本がん生殖・医療学会、医療機関と自治体が地域ネットワークをつくっています。
がん・生殖医療ネットワークの「Oncofertility Consortium Japan」〔OncofertilityはOnco(がん)とfertility(不妊)を組み合わせた表記です〕が22府県で稼動しています。
下記は、日本がん・生殖医療学会のウェブサイトで22府県の取り組みです。
妊よう性温存治療が患者さんの全額自己負担になることに対し、自治体によっては一部助成しています(助成対象は生殖機能温存療法に関わる費用で、入院費などは対象外です)。
県や市など自治体の取り組みはさまざまです。男性では助成金の上限は2万円もしくは3万円としているところが多く、自治体によっては5万円を上限にしているところもあります。女性では10~20万円の上限が多く、25万円を上限にしている自治体もあります。
上限に関しては費用の半額、助成金を受けられるのは1回のみ、凍結保存の維持(毎年の保管料など)は対象外とする自治体が多いようです。今後、助成制度を導入予定で、毎年の保管料もカバーするなど何回でも受けられることを考えている自治体もあります。
がん妊よう性温存治療の助成に関する記載があるおもな自治体は下記です。
現在は2人1人ががんになる時代で、がん種によっては10年生存率が50%以上との報告もあります(がん10年生存率は56.3%、80%以上は前立腺、甲状腺、乳房、子宮体など 国立がん研究センター/全国がんセンター協議会)。がん経験者さんの多くは、治療が終わった後の今後の見通しについて考えるようになりました。
だからこそ、病気や治療が妊よう性に影響するのかどうか、妊よう性温存治療や自己負担額の詳細、助成制度などについて正確な情報を伝えることや、納得して自分がどうするのかを選択できるよう、相談やサポートをしてもらえるところが必要です。
受診している病院の相談機関、在住地域のネットワークや自治体、患者会や支援団体などから話を聞くことや、参考先として日本がん生殖・医療学会のホームページから情報を収集することをお勧めします。
■関連記事