疾患・特集

患者さんが主体の血糖コントロール治療 患者さん自身が糖尿病を治す!(5)

東京衛生病院の杉本正毅先生が推進する糖尿病の個別化治療対策のひとつ、薬物療法最適化プログラムは、「患者さんが主体となって糖尿病を治す!」ことを重要視しています。今回、患者さんが主体となって血糖コントロール治療に取り組んだことによって病気が改善した事例について紹介します*1

患者中心医療により患者さんが自立して積極的に治療に取り組む

杉本先生は、患者さんの食習慣や患者さんのライフスタイルを尊重し、患者さんにとって実行可能なカロリーと炭水化物比率を患者さんと相談しながら決定しています。
3日間の血糖パターンに基づいて、候補となる複数の治療薬を選択し(「薬物療法最適化プログラム」と言います)、可能な限りわかりやすい説明を加えながら、患者さん自身が自分に適した処方薬を決定できるように支援しています(関連記事:糖尿病患者さんが自分に最適な血糖管理薬を選べるよう支援 患者さんが糖尿病を治す!(4))。

食文化とはその人が生まれ育った家庭や風土によって培われてきたものであり、たとえ糖尿病を患ったとしても、患者さんのこれまでの食生活を全否定し、カロリーや栄養バランスなど医学的な論理による食事療法に置き換えても長続きするとは思えません。

杉本先生はこれまでの患者さんの食生活、食の嗜好を、時間をかけて聞き出し、患者さんにとって実行可能な食事を実現するために薬物療法を活用することを重視しています。
つまり、「最初に食事制限ありき」という伝統的な診療スタイルから「自分らしい食生活の実現を支援」して(関連記事:あなたの「おいしい」と健康を支援する糖尿病食事指導 患者さん自身が糖尿病を治す!(3))、積極的に薬物療法を活用することを推奨しています。

事例を紹介します。糖尿病を発症してから20年以上インスリン療法を続けてきた患者さんです。患者さんの血糖自己測定の結果は「食後高血糖型」を呈していました。
つまり、食前血糖値は良好でしたが食後血糖値が高く、ヘモグロビンA1C値は8%を超えていました。また、Body mass Index(BMI、肥満指数)は26で軽度肥満でした。

医師が第1に推奨する薬ではなく第2推奨薬を患者さんが選択

杉本先生は食後高血糖の改善を目指して、食後血糖改善薬リストの中から、患者さんに薬の変更案として第1推奨薬(SGLT2阻害薬)と第2推奨薬(α-グルコシダーゼ阻害薬とグリニド製剤の配合剤)を提示し、それぞれの薬剤について、十分な説明を行い、患者さんに決定を委ねました。

図:患者さんが積極的に治療に取り組むための決定共有アプローチ図:患者さんが積極的に治療に取り組むための決定共有アプローチ提供:杉本正毅先生

杉本先生は第1推奨薬のSGLT2阻害薬は体重減少効果を有し、低血糖リスクも低く、1日1回服用であるのに対して、第2推奨薬のαグルコシダーゼ阻害薬とグリニド製剤の配合剤は体重増加作用や低血糖リスクがあり、1日3回服用しなければならないことから「第1推奨薬の方があなたにより適していると思う」と伝えました(図参照)。
ところが、驚いたことに患者さんは第2推奨薬を希望されました。
患者さんの決定を受けて、内心驚きながらも杉本先生はその決断を快く受け入れ、第2推奨薬で食後血糖値を改善させたいという患者さんの決心を強化し、退路を断つ目的で、超速効型インスリンであるグルリジン(アピドラ®)を中止しました(食前血糖値が高くなってもインスリンを増量すれば良いという逃げ道があると、食事管理になかなか真剣になれません)。
その後の経過は、食後血糖値改善薬を追加したにもかかわらず、食後血糖値のみならず、食前血糖値まで改善し、順調にヘモグロビンA1C値が改善しました。

「自分で決定しよう」とすることによって患者さんは医師と責任を共有し合う

今回の事例では、患者さんが「主治医の観点からは最善とは思えない選択」をしたにもかかわらず、予想以上の臨床的な効果が得られました。
プラスアルファの効果が得られたことについて、杉本先生が患者さんに質問したところ、以下のような回答が返ってきたそうです。

Q. 食後の高血糖を改善するために第1推奨薬と第2推奨薬を提案したところ、第2推奨薬を選んだ理由は?

A. 第1推奨薬は新薬で薬による事故があったというニュースを見て、少し怖いという先入観がありました。また少し前に軽い膀胱炎になりトイレが近いことに困っていたので、トイレの回数が増えるという点も気になりました。
また、第2推奨薬は2つの効果を持つ配合剤でしたが、過去に片方の作用を持つ薬を服用した経験があり、その薬は食後高血糖に効果があることを知っていました。今回、1つで2つの効果を持つ薬を試してみたいと思いました。

Q. 血糖コントロールが良好になった理由は、薬があなたの病態に合っていたのでしょうか?それとも「自分自身で選択した」ことが、自己管理にも影響したのでしょうか?

A. 2番目の配合剤に関しては、配合剤の片方の薬剤は過去に服用した経験があり、効果として食後の血糖値が下がることはわかっていました。それで、食事の時間はしっかり食べて、間食はせずに食前の血糖値改善も心がけています。
体重はやや増加していますが、むくみなどはありません。食事をもう少し注意すれば、良好になることも期待できそうです。

Q. 今回の経験を通して学んだことがあれば、教えて下さい。

A. 今回、患者さんも薬の選択に関わり、治療に主体的に取り組むという患者さん中心の医療を推進することによって、ご本人は責任をもって食事管理に取り組むようになりました。杉本先生は「今回の経験を通じて、僕自身も患者さんの視点値観など大切なことをたくさん学ぶことができた」と語っておられました。

食は人間の多様性が現れる「場」なので患者中心医療が必須

最後になりますが、杉本先生の診療方針は専門家が糖尿病を治すものではなく、「患者さんが糖尿病を治す!」をモットーにしています。
というのは、患者さんの生活環境はそれぞれですので、患者さんの嗜好や価値観を取り入れて個人に応じて効果的な患者中心の医療を実現することこそ重要なのです。
食生活は本人が長い間にわたって培ってきたものです。だからこそ、患者さんが中心にならないといけませんし、患者さんが主体的に治療に取り組むことが重要になるのです。
杉本先生は、「血糖値を上げずに美味しく食べるスキルを丁寧に教えることで、患者さんが自信を持って、自分らしい食事ができるよう主体的に治療に取り組むことを支援することが専門家の役割です」と強調しています。
糖尿病患者さんが健康のための適量を身につけ、「自分らしい食と健康の心地よい関係」を維持し、自立して主体的に取り組めるような医療が実現することを心から願ってやみません。

*1:記事に関しては以下をもとに作成しました。

  • 2018年11月22日開催:第40回荒川糖尿病フォーラムの杉本正毅先生の講演「“自分らしく食べる”を支援するカーボカウントを活用したエンパワーメント・アプローチ」
  • 杉本正毅 (@DiabetesCafe) Twitter
    https://twitter.com/diabetescafe
  • ナラティヴ・カフェ Narrative Cafe Diabetes Cafe:糖尿病診療におけるナラティヴ・アプローチ
    http://sugimotomasatake.com/
  • カーボカウント研究会 カーボカウントで楽しい生活
    http://www.carbocounting.com/blog/

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公開日:2019/04/12
監修:アドベンチスト会東京衛生病院附属教会通りクリニック 内科 杉本正毅先生