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カロリーや糖質の数字にこだわって健康になれる?患者さん自身が糖尿病を治す!(2)

糖尿病だから「食べてはいけない」、「何カロリー以下」、「糖質は何グラム以下」と制限を強要するように指導される、あるいは意識過剰になって必要以上に制限するのは心から健康になれますか?一生続けるのでしょうか?東京衛生病院の杉本正毅先生が推進する「自分らしい食と健康との気持ちよい関係性」について、糖尿病の食事療法をふまえて考えてみます*

患者さんがおいしく食べる食生活(食文化)を大切にする意義を考える

糖尿病は大雑把にいうと、糖尿病になりやすい遺伝素因をもった方が歳をとったり、運動が減ったり、体重が増えたりして発症する病気です。
治療の食事療法には、カロリー(エネルギー)や、血糖値上昇に関係する栄養素の糖質(炭水化物の大半を占めます)を制限する方法などがあります。

エネルギー制限食

糖尿病診療ガイドライン2016によると、1日の総カロリー(エネルギー)、その50~60%を炭水化物量、20%をたんぱく質、残りを脂質に分けて数字目標を設定します。「糖尿病食事療法のための食品交換表第7版」などを参考に、食品ごとの単位(1単位80kcal)を計算して1日何単位を摂取するのか決定する方法や、炭水化物量を1g当たり4kcalで計算する方法などでカロリーや栄養成分を制限する食事療法です。

糖質制限食

糖質制限食にはさまざまなやり方があるようですが、1日に食事に含まれる糖質130g未満(1食あたり20〜40g程度未満)を目標とする方法がもっとも普及しているようです(詳細はロカボ・オフィシャルサイトを参照してください)。

食事のカロリーや糖質量のことで頭がいっぱい

たとえば、主食のご飯1杯(150g)はカロリー(エネルギー)量が約250kcalで糖質は約55g、食パン1枚(60g)はカロリー量が約160kcalで糖質は約26gあります。
となると、何カロリーあるいは糖質何グラムに囚われて、自分がいままでおいしく食べてきたことを我慢する、もしくは食べてはいけないと思いがちになります。
食事のカロリーや糖質量のことで頭がいっぱいになって、必要以上に制限する人もいますが、健康が手に入ったとしても、そんな生き方は長く続くのでしょうか?
一生続けるのは幸福と言えるでしょうか?
一方、ついていけない人はどのようにしたらいいのでしょうか?
医療者からの食事制限の厳しい指導がつらい、カロリーや栄養成分を徹底して制限することがつらい、厳しい食事制限を望まない人は、このままでは取り残されてしまいます。
そこで杉本先生は、患者さんが「今までおいしく食べてきた食生活」と、自身の健康に適量となる食事内容とのバランスをとれるようにするカーボカウントの考え方を患者さんにマスターしてもらい、患者さんが自立して主体的に取り組む薬物療法最適化プログラムを推進しています(参照:表1、おいしく食べて糖尿病を改善するコツ)。

表1:エネルギー制限食、糖質制限食、カーボカウント

  エネルギー制限食 糖質制限食 カーボカウント
エネルギー量 標準体重×身体活動量 規定なし 初診時の食生活の聴き取りに基づき、実行可能なエネルギー量を提案する(多くは1800~2200kcal/日)
炭水化物量 総エネルギー量の50~60%、蛋白質20%以下、残りを脂質 糖質130g/日未満 患者さんの嗜好、食文化を尊重しながら、炭水化物比率(総エネルギー量の30~60%、多くは200~275g/日程度)、実行可能な炭水化物摂取量を提案する
  • *:エネルギー制限食の総カロリー(エネルギー)量(Kcal):標準体重*1×身体活動量*2
  • *1:標準体重:身長(m)×身長(m)×22〔Body mass index(BMI)22換算〕
  • *2:身体活動量:デスクワーク主体:25~30、立ち仕事などが主体:30~35、力仕事が主体:35~

提供:杉本正毅先生

「おいしく食べる」と「栄養を摂ること」は違います

杉本先生は、「カロリーや栄養バランスに縛られずに柔軟な食生活を楽しむことを、患者さんが主体的に取り組んでほしい」との願いを持っています。
しかし、糖尿病の食事療法の現状を見ると、「おいしく食べることと、栄養を摂ることは全く別物で、違いをわかっていない残念な風潮があります」と警鐘を鳴らしています。
本来、食とは私たちに生きる喜びを与え、人と人を繋いだり、私たちの幸福にとってなくてはならない文化的な営みであるはずです。
ところが最近、「血糖値を上げないダイエット」、「体重を減らすダイエット」など、食の持つ生物医学的な意味ばかりがクローズアップされた結果、糖質制限食の流行の陰に隠れて、「食で悩む人々」が急増しています。
こうした時代だからこそ、「糖尿病でも『自分らしく食べる』ということの大切さを患者さんに伝えることが大切である」と先生は訴えます。

生物医学的な側面ばかりを強調する食事療法には注意が必要

日本には古くから「お任せ医療」と呼ばれる文化がありました。
それは、患者さんは医学的なことは分からないから、治療を医者に丸投げしてしまうことを指します。
しかし近年、インフォームド・コンセント(説明と同意)の普及や患者さんの権利意識の向上によって、日本の医療は大きく変わりつつあります。
特に、毎日の食事管理や運動によって血糖管理、体重管理が患者さんに委ねられている糖尿病治療では「医師が患者さんを管理し、すべてを決定する」という伝統的な診療スタイルから、「患者さんが糖尿病を管理する。それゆえ、医師は患者さんを支援し、すべての決定を患者さんと共有する」という患者中心医療へシフトすることが必要です。
近年、米国糖尿病学会/欧州糖尿病学会は毎年発表する声明のなかで、「患者中心医療」の重要性を強調しています。
しかし、日本にはまだまだ「医師が患者さんを管理する」という伝統的な診療スタイルが根強く残っていて、その結果、医師から「カロリー制限」や「糖質制限」を強いられて、苦しんでいる患者さんがたくさんいます。
1990年代から世界の医療は大きく変わりました。
それは医師の主観や経験だけでなく、臨床疫学研究に基づく根拠に基づいて医療を行おうとする取り組みで、根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine:EBM)と呼ばれています。
そして、実はこうした根拠に基づく医療が皮肉にも、医師が患者さんを管理しようとする医師中心主義の診療実践の理論的根拠となっているのです。
しかし、EBM提唱者たちの本来の定義をみると、「患者さんの希望に基づいて、現在得られる最良の根拠を、良心的に思慮深く用いること」と記載されています。
杉本先生は、現在の食事療法に纏わる論争は、「患者さんがどのような食事を望んでいるか」という大切な前提が無視された“患者不在の論争”が繰り広げられていると嘆いています。
そして、糖質制限食が良いか、エネルギー制限食が良いかという議論の前に、まず患者さんが食事に何を望んでいるのか?を議論することが大切であると訴えます(表2)。
こうした目的にもっとも適した実践方法が、先生が提唱している基礎カーボカウント法という食事管理法です(参照:おいしく食べて糖尿病を改善するコツ)。

表2:患者中心主義の医療にシフトするために考えるべきこと 表2:患者中心主義の医療にシフトするために考えるべきこと 提供:杉本正毅先生

ダイエット目的の糖質制限食と糖尿病治療としての糖質制限食の違いに注意が必要

糖質制限食に関しては、ネット文化としても浸透しており、ダイエット志向の人に受け入れられ、体重減少効果が早いといった恩恵があります。
しかし、糖尿病をもった患者さんが糖質制限食を取り入れる際にはさまざまな注意が必要になります。
第1に糖尿病薬を服用せずに血糖値を正常化するためには厳格な糖質制限が求められます。それに耐えられるかどうかを見極める必要があります。
さらに、糖質を悪魔のような存在と捉えたり、食後高血糖を極端に危険なものとして捉え、読者に恐怖感を与えるようなネット記事や本にも注意が必要です。
糖質制限食の有効性を示す論文ばかりを示して、糖質制限食以外の食事療法を否定するような記述にも注意が必要です。
こうした糖質を極端に制限する食事管理法は一部の人には適していても、その実践には多くの犠牲を伴うことから、自分に合うかどうかを見極めることが大切です。食事は私たちの幸福の礎ともなる大切な文化的な営みです。
常に「自分らしい食とは何か」を忘れないでほしいと思います(図1)。
ある患者さんは次のように語って下さいました。

「『糖質制限』という世界に一歩足を踏み入れてしまうと、そこに存在する理論にまずは自分の今までの『食』はすべて否定されてしまいます。ものすごいショックでした」

最後に先生のtwitterの投稿をご紹介します。

栄養を摂ることと食べることの違い
食べるという時、それは医学的な側面だけでなく、文化的な側面を含みます。食文化は長い年月をかけて培われたものですし、人と人を繋ぎ、幸福に欠かせない役割を担っています。何より食べることは心が喜ぶものでなければなりません。

でも近年、「栄養を摂ること」の意味が肥大化して、食べることの文化的な意味が損なわれてきているような気がしています。その結果、健康になりたいのに幸福になれない人たちが増えています。

僕は病気を持つ人が食の持つ大切な役割を見失わないように、『健康と食の気持ち良い関係』を保つことが出来るように支援していきたいと思っています。

図1:「自分らしい食とは何か」 図1:「自分らしい食とは何か」 提供:杉本正毅先生

患者さんの食文化と自分の健康に適した食事の内容とのバランスが重要

杉本先生は、患者さんがカロリーや栄養バランスに縛られず、健康のための適量となる食事内容と、これまでの食生活や食文化との調和をはかることで健康との心地よい関係を維持してもらうために、薬物療法適正化プログラムを導入しています。
同プログラムの治療に取り組んだ患者さんは、「自分の健康に適した食事の内容と、自分の膵臓のはたらき(血糖コントロールに関わるインスリンを分泌します)の限界がわかり、それとともに自分らしい食べ方の妥協点が見えてきました」と、本人が自立して積極的に治療に取り組んでいます。
患者さんがこれまで長い間にわたって大切にしてきた食生活だからこそ、患者さんが主体となって治療に取り組むことが重要なのです。そのために、患者さんと相談しながら食事のことや治療に関することを決定していく決定共有アプローチが重要なのです。
次回は、カーボカウントの考え方を活用した患者さん中心の食事管理法について紹介します。

図2:食事療法における決定共有アプローチ(Patient-centered approach) 図2:食事療法における決定共有アプローチ(Patient-centered approach) 提供:杉本正毅先生

*記事に関しては以下をもとに作成しました。

  • 2018年11月22日開催:第40回荒川糖尿病フォーラムの杉本正毅先生の講演「“自分らしく食べる”を支援するカーボカウントを活用したエンパワーメント・アプローチ」
  • 杉本正毅 (@DiabetesCafe) Twitter
    https://twitter.com/diabetescafe
  • ナラティヴ・カフェ Narrative Cafe Diabetes Cafe:糖尿病診療におけるナラティヴ・アプローチ
    http://sugimotomasatake.com/
  • カーボカウント研究会 カーボカウントで楽しい生活
    http://www.carbocounting.com/blog/
公開日:2019/03/29
監修:アドベンチスト会東京衛生病院附属教会通りクリニック内科 杉本正毅先生