疾患・特集

心不全患者の心筋を再生させる治療とは

重症の心不全という病気に対する治療は、以前は心臓移植や補助人工心臓装置などしかなかったのですが、最近は心筋を再生させる治療法が保険診療で受けることができるようになっています。

重症の心不全に対して心筋を再生させる細胞シート治療

国内の死因別死亡数を見ると、心臓の病気(心疾患といいます)による死亡はがんに次いで多く、心疾患のなかで死亡数が最も多い疾患は心不全といわれています*。重症の心不全では、心臓移植や補助人工心臓装置など治療選択肢が少ないことが課題でした。
最近、既存の標準治療で効果不十分な虚血性心疾患(きょけつせいしんしっかん)による重症の心不全の患者さんが、自分の太もも(太腿)の筋肉細胞(筋芽細胞)を培養して作った複数枚の細胞シートを心臓の上から直接貼り付けることで、心筋を再生させる治療効果を望める再生医療が薬事承認されました。2006年から臨床研究が始まった治療ですが、ついに一般の患者さんが保険診療として治療が受けられるようになりました。
この細胞シートの製品名は、再生医療等製品「ハートシート®」といいます。テルモ株式会社が販売しています。現在は大阪大学病院などで保険適用として治療を受けることができます。

*平成26年(2014)人口動態統計

細胞シートを心臓に直接貼りつける治療法が開発

心不全は、虚血性心疾患、弁膜症、先天性心疾患などにより、心臓が十分な収縮や拡張ができず全身に十分量の血液を送ることができなくなることで酸素や栄養が臓器や細胞に行き渡らなくなって、全身状態が悪化してしまう疾患です。
重症な心不全になると、薬物療法やペースメーカーの植え込み、冠動脈バイパス術や弁形成術などでは治療効果が得られない状態となります。 例えば、自宅から近くの駅まででも、数百メートル毎に休まないと歩いていけない、会社に通勤して仕事をすることができないなどの健康状態となります。
そうなると、従来は補助人工心臓を装着するか、心臓移植しか治療の手段が残されていませんでした。細胞治療や再生治療は、そうした患者さんを救う可能性のある画期的な治療として研究開発されてきました。

補助人工心臓は、本来は心臓移植の待機期間に受ける治療技術として開発されており、長期間における耐久性や合併症をおこすといった問題があります。

また、心臓移植は圧倒的なドナー不足による待機の課題やコスト、また移植の際における拒絶反応、移植後の免疫抑制薬の服用による副作用などが課題になっています。

細胞移植治療に関しては、1990年代では心筋細胞に分化するとみられる骨髄細胞や内皮前駆細胞,骨格筋(太腿筋肉など)の筋芽細胞,間葉系幹細胞などを患者さん本人から採取して心臓に局所注射する手法があります。
ただし、心臓への局所注射は、患部に細胞が生着できずに90%以上が流れてしまうこと、また注射部位の選択が難しく、広範囲における心筋の安定的な再生や心機能の改善という面では課題がありました。

こうしたなか、2000年以降から、患者さん自身の細胞シートを患部に貼り付ける画期的な再生医療技術による治療法が開発されました。

患者自身の太ももから筋肉組織を少量採取して心筋シートを作製

細胞シートを用いた再生治療については、大阪大学大学院外科学講座心臓血管外科教授の澤芳樹氏らが、細胞シート工学を発明開発した東京女子医科大学前先端生命医科学研究所所長の岡野光夫教授らのチームと連携して、2000年ごろから患者さん自身の細胞を採取して心筋シートを作製し、開胸した患者さんの心臓表面に貼り付ける細胞シート移植治療に関する研究を開始しました。

2007年には、左室人工心臓を装着している末期の拡張型心筋症患者さんに細胞シート治療を実施して成功しました。
その後、臨床研究を重ねて、2015年にはテルモ社から「ハートシート®」という再生医療等製品として承認され、保険適用で治療を受けることができるようになったのです。

細胞シート移植後に免疫拒絶や炎症反応が起こるリスクがないメリット

再生医療等製品のハートシート®は、患者さん自身の太ももから筋肉組織(骨格筋細胞)を少量採取し、そのなかから骨格筋芽細胞を取り出して培養・増殖して細胞シートが作製されます。
筋芽細胞は、心臓の弱った心筋を修復させるためにさまざまなサイトカイン(液性因子)という分子を産生します。
つまり、細胞シートを心臓表面に貼り付けることにより、サイトカイン補充効果を得て心筋が再生するという治療法です。
ハートシート®は、患者さん自身の細胞から作製されますので、移植後に免疫拒絶や炎症反応が起こるリスクがないというメリットがあります。 実際の治療に関しては、
患者さんからの太もも筋肉組織採取
→企業による細胞分離・保存
→治療用の細胞シート作製
→開胸手術により細胞シートを貼る治療
という順になりますので、これまでの人工補助心臓や心臓移植とも違う治療スケジュールとなります。

参考:テルモ株式会社
http://hs.terumo.co.jp/

公開日:2018/11/09
監修:大阪大学大学院心臓血管外科学 宮川繁先生、一般社団法人細胞シート再生医療推進機構業務執行理事/ユタ大学薬学・薬剤化学部併任教授 江上美芽先生