疾患・特集

病気による顔のへこみを再生医療で修復

顔の組織のボリュームが減り、大きくへこんでしまう「顔面陥凹性病変」(がんめんかんおうせいびょうへん)という病気があります。これまでの治療では、へこんだ部分に別の部位から採取した組織を移植する手術などが行われてきましたが、多くの課題がありました。そこで、琉球大学の再生医療研究チームでは、手術ではなく注射によって顔面陥凹性病変を修復する再生医療に取り組んでいます(第17回日本再生医療学会総会学術集会の発表をもとに本記事を作成しました)。

脂肪組織に由来する幹細胞に着目

顔面陥凹性病変(がんめんかんおうせいびょうへん)は、がんの手術後や交通事故などの外傷、免疫に関わる病気(膠原病など)のエリテマトーデスや強皮症、原因がわからない顔面片側萎縮症(がんめんへんそくいしゅくしょう)などによって顔の片側の組織が萎縮することや、欠損することによって起こります。

これまでの組織移植手術は、体の別の部位から採取した移植組織を血管でつなぐことが必要ですが、高い技術を要することや、つないだ血管が血栓でつまると移植した組織が壊死してしまうこと、手術により採取部と顔に大きな傷ができることなどが課題でした。
また、顔のへこみが比較的軽度の場合には、脂肪吸引した脂肪細胞をそのまま注入する「脂肪注入」という方法が行われることもあります。しかし、脂肪注入法では、増やせる組織の量が比較的少量であるという限界があります。なぜなら、注入した脂肪細胞がその部位で生き残るために必要な酸素や栄養成分は、血液によって運ばれますが、注入したところでは血流には限りがあるため、一定量以上の脂肪細胞は注入後に生き残れずに、なくなってしまうからです。

さまざまな細胞に変化する幹細胞の分化能力を再生治療に応用

琉球大学形成外科教授の清水雄介先生ら再生医療研究チームは、患者さん本人の脂肪細胞から幹細胞という、さまざまな細胞に変化することができる分化という能力を持つ細を抽出して、細胞培養技術により増殖させたのちに、手術ではなく注射によって顔面陥凹性病変を修復する再生医療に取り組んでいます。

脂肪細胞や脂肪組織に由来する幹細胞を注入して、顔の陥凹性病変が修復される秘密はなんでしょうか?
脂肪組織に由来する幹細胞は、さまざまな細胞に変化することができる分化という特殊な能力を持っています。注入された脂肪組織に由来する幹細胞の一部は、血流を運ぶ血管の細胞そのものに分化し、病変部の血流が改善するために、通常の脂肪注入と比べてより多くの細胞が生き残ることができると推測されています。
さらに、脂肪組織に由来する幹細胞は、さまざまな種類の幹細胞のなかでも特に細胞を成長させる因子を分泌する能力が高いので、組織を修復する治療効果をより高めます。
このような脂肪組織に由来する幹細胞を細胞培養技術によって体外で増やしたあとに注入するため、いままでの脂肪注入と比べると、より高い治療効果を発揮することができます。また、注射なので組織移植手術と比較してもリスクの高い手術を回避できるというメリットがあります。

顔の陥凹性病変に対する再生医療の流れ

顔の陥凹性病変に対する再生医療の流れは以下の通りです。

  • 形成外科で患者さん本人から脂肪組織を採取します。
  • 同大学再生医療研究センターで脂肪組織に由来する幹細胞を抽出し、細胞培養により増殖させます。
  • 別に採取した脂肪細胞と培養した幹細胞を混合します。
  • 形成外科にて、陥凹性病変に注入する治療を実施します(図1)。

図1:琉球大学の再生医療の流れ
図1:琉球大学の再生医療の流れ

提供:琉球大学医学部附属病院 清水雄介先生

琉球大学の再生医療研究チームは、2016年3月に国内初の顔面陥凹性病変に対する再生医療に成功しました。その後、2018年3月までに、4例の治療を実施しています。

1例目は、上顎洞がん手術ならびに放射線照射をした後に頬がへこんで5年が経過した70歳代の男性患者さんでした。
2016年1月に患者さん自身の脂肪を採取した後に幹細胞を抽出して培養し、1ヵ月半後に別に採取した脂肪と、培養した幹細胞を混合して注射する再生医療を行いました。
治療から11ヵ月が経過した時点で患者さんに見た目と満足度を10段階で評価してもらったところ、10段階の評価中10との回答でした。治療後18ヵ月の経過も良好でした(図2)。

図2:顔面陥凹性病変の患者さんの治療経過
図2:顔面陥凹性病変の患者さんの治療経過

提供:琉球大学医学部附属病院 清水雄介先生

2例目は頭蓋底腫瘍(ずがいていしゅよう)の手術後に側頭部がへこんだ10歳代の男性患者、3例目は強皮症により頬がへこんだ40歳代の男性患者、4例目は顔面半側萎縮症の60歳代の女性患者で、術後の有害事象(投与された患者さんに起こる、あらゆる好ましくない出来事のことをいいます)は認められず、全員、へこんだ状態が修復されました。

  • ※顔面片側萎縮症:ロンバーグ病ともいいます。顔の片側の筋肉や骨が萎縮し、だんだんとへこんでいく病気です。現在、原因は不明とされています。通常、顔の感覚や動きに問題はみられず、へこんだ部分の見た目を整えることが主な治療目的となっています。

心筋梗塞、関節疾患などに治療応用、他人由来の幹細胞で大量生産も視野に

琉球大学の再生医療研究チームでは、幹細胞が持つ分化能力を応用して、心筋梗塞、下肢血管病変、肝硬変、変形性関節症、関節リウマチ、クローン病などにも脂肪細胞由来の幹細胞を用いた再生医療の研究を進めていくことを検討しています(図3)。
また、多くの患者さんに再生医療を実施できるよう、他人由来の細胞(他家細胞ともいいます)を用いた治療の研究を実施する予定です。
安全かつ高品質な脂肪組織に由来する幹細胞を細胞バンクで保存しておき、多くの患者さんに治療を提供する体制の構築を視野に入れて取り組んでいます。

図3:脂肪組織に由来する幹細胞を用いた再生医療の臨床応用
図3:脂肪組織に由来する幹細胞を用いた再生医療の臨床応用

  • 顔面のアンチエイジング治療
  • 下肢血管病変
  • 肝硬変
  • 家族性高コレステロール血症
  • 変形性関節症
  • 脳梗塞
  • 心筋梗塞
  • 関節リウマチ
  • 尿失禁
  • クローン病
  • GVHD

など

提供:琉球大学医学部附属病院 清水雄介先生

公開日:2018/08/13
監修:琉球大学医学部附属病院 野村紘史先生