疾患・特集

歩きにくい、ボンヤリしている…知っておきたいiNPHの特徴

「iNPH」と「パーキンソン病」、「アルツハイマー型認知症」の違い

iNPH(特発性正常圧水頭症)とは、特別な原因もないのに脳の中や周辺にある脳脊髄液(髄液)がたまり過ぎる病気のこと。【歩行障害・認知症・尿失禁】という三つの特徴的な症状をもち、手術で治療できる認知症の代表的な病気でもある。
今回はiNPHの三徴候と、パーキンソン病やアルツハイマー型認知症との違いについて、松下記念病院神経内科部長 森 敏(もり さとる)先生にわかりやすく解説していただいた。

治療可能な歩行障害・認知症として、iNPHはまっさきに疑うべき病気です

森 敏先生

森 敏先生
(松下記念病院 神経内科部長、「認知症のとらえ方・対応の仕方」(金芳堂)など、著書多数)

歩行障害

歩行障害・認知症・尿失禁のうち、通常最初に認められる症状は歩行障害です。本人の自覚症状には「歩くときのバランスが悪くなった」「方向転換でクラッとする」「階段で足元が怖い」などがあります。
iNPHの患者さんの歩きかたは独特で、脚は外またでやや開き気味(開脚歩行)、歩幅(ストライド)は小さく、ちょこちょこと歩きます(小刻み歩行)。足が上がっていない(すり足歩行)のも特徴で、チャップリンの歩きかたをイメージすれば、わかりやすいと思います。方向転換をするとき、コンパスのように片方の足を軸にして回転する様子が見られることもあります(コンパス歩き)。

パーキンソン病の症状にも歩行障害がありますが、パーキンソン病の特徴のひとつは体が固くなることで、ひとつひとつの動作もぎこちなく、小さくなります。そのため、こちらの歩行障害は普通の歩行動作が小さくなった状態で、外またで脚を開いている様子はありません。

水頭症とパーキンソン病のちがい

認知症

最近の調査では、アルツハイマー型認知症の患者さんは人口10万人あたり1000人程度、iNPHは250人程度いる可能性があるといわれています。 認知症状について、iNPHの患者さんの場合はボーッとしているのが特徴です。注意力が散漫になり、呼びかけると一拍遅れて反応したり、判断が鈍くなったりします。それまで楽しんでいた趣味の活動を行わなくなるなど、意欲や自発性の低下も認められます。ただ強い記憶障害は生じず、間違いを正してあげると、「ああ、そうだった」と思い出したりすることも。

いっぽうアルツハイマー型認知症の患者の場合は、受け答えがスムーズでてきぱきとしています。生来のユーモアなども持ち合わせたままですが、記憶障害が激しく、数分前のことを「身に覚えがない」と言うなど、すっかり忘れてしまいます。歩行障害などの身体症状はなく、アルツハイマー型認知症の患者の様子を井上靖が小説の中で『風のように身のこなしが軽い』と表現したほど、やせていても足腰が達者です。

尿失禁

尿失禁は、歩行障害や認知症状に遅れて出現します。脳の中でも状況判断などを司る前頭葉という部分が傷害されているため尿意をコントロールできず、トイレに着く前に漏らしてしまったり、我慢できる時間が非常に短くなったりします(頻尿)。尿失禁の前に、夜間頻尿という形で自覚症状が現れることもあります。

早くみつけて、早く治療を!

上記に紹介したのは、典型的な症状の例。実際には個人差もあり、熟練した専門医でないと、適切な診断は難しいもの。家族に“もしかしたら…?”という症状が見られたら、ぜひ早めに専門医の診察を。

「TVや新聞で取り上げられて以来、『iNPHではないでしょうか』という問い合わせがずいぶん増え、iNPHという言葉が一般の方たちの間にもだいぶん浸透してきたなあ、という印象を持っています。問い合わせに対して、実際にiNPHと診断される患者さんは今のところ多くはないのですが、問い合わせをしてくる家族はみんな真剣です。私たちは、その真剣さに答えなければいけないと思っています。
私は神経内科医ですが、治療の現場では神経難病と言って、治らない病気も多いのが実情です。その中でいつも心がけているのは、『この人は治療可能な病気じゃないだろうか』とまず考えること。薬や手術で治せる病気じゃないだろうかと、そこから鑑別していきます。歩行障害や認知症にはいろいろな病気がありますが、中でもiNPHはまっさきに考えるべき病気です。なぜなら、治療が可能だからです」(森先生)