疾患・特集

小説中の人物とたばこ1/ハードボイルドの探偵も健康には気を遣う

近年は喫煙場面が出てくる方が珍しい?

かつて、シャーロック・ホームズがコカインとたばこを愛用していたことは、ミステリーファンならよくご存知のこと。
「D.ハメットやP.マーロウが活躍していた頃は、たばこを吸わないハードボイルドの探偵の方が珍しかった。しかし、近年は喫煙場面が出てくる方が珍しい」と、独自のデータベースを元にユニークなミステリー評論を展開している西尾忠久さんは書いています。(「ミステリーをちょっぴり好きな友へ」東京書籍 1993年)
その中の、B.プロンジーニ作のシリーズ主人公、サンフランシスコの名無しのオプは、連作の主人公には珍しく、シリーズの途中で禁煙をします。以下、前掲書から引用してみます。

男ざかりとは裏はらに、もくもく・うじうじのこの中年私立探偵初登場から7年後に書かれた、ワイン好きなら「あはーん」と納得するナパ・ヴァレーのワイン醸造所が舞台の、コリン・ウィルコックスとの合作第5話「依頼人は三度襲われる」(物語上では〈第1作の「誘拐」から〉3年しか経過していない)で、きっぱりと煙草をやめてあらわれる。左の肺に影が見つかって禁煙せざるを得なかったのだ。

「何度か禁煙しようと思ってもうまくいかなかったのに、ズバリ、やめなければ死ぬと医者から宣告された以上、人はそのいいつけを固く守るものである。」※

幸いにも左肺の影はがんではなく良性の腫瘍だったのだが。

「この五ヵ月間、私は一本の煙草も口にしていない。吸いたくなるたびに、といっても、そんなことはますます少なくなっているのだが、そのたびに私は、煙草をふかすのは胸にナイフを突き刺すのと同じことだぞ、と自分にいいきかせることにしている。そのうちに煙草を求める気持ちは消え失せてしまう。」※

※は、西尾さんが著書の中で「依頼人は三度襲われる」から引用された部分です。自身も禁煙経験者の西尾さんは、この文に続けて「禁煙のいらだちと苦しさはこんなに簡単なものではないが」と、感想を述べています。この作品が出版されたころ(1978年)、サンフランシスコは喫煙への批判が高まっていたころで、「その風潮を作家的な鋭さでいち早く汲みとったのだろう」と西尾さんは評しています。