「こんなはずじゃなかった」、がんサバイバーが直面する社会復帰の壁

がんの治療が進んだ現代では、がん経験者(がんサバイバー)は社会復帰を果たそうとしていますが、期待とは裏腹に現実の厳しさが待ち受けています。何が社会復帰に向けた課題なのでしょうか。がん経験者の大塚美絵子さんは、2012年に卵巣がんと診断されてから治療の壁を乗り越えた後、「こんなはずじゃなかった」と治療終了後の生活と社会復帰の問題に直面しました。第二の壁を乗り越えた体験について聞きました。

がん経験者の社会復帰が可能なケースが増加

国立がん研究センターがん対策情報センターのがん登録・統計によると、2017年のがん罹患数予測は約101万4,000例と2016年からは微増の推計ですが、年齢を調整して高齢の要因を除いた死亡数は増加していません。また、がんと診断された患者さんの5年相対生存率*1は6割といわれています*2。つまり、がんを経験しても社会復帰をする人が増えているのです。

大塚さんは、2012年7月に卵巣がん(ステージ:3c*3)と診断され、2013年3月まで術前化学療法、手術、術後化学療法を受けました。主治医は「非常に順調だ」と胸をはっていたので、治療終了後はすぐに病気になる前の身体と日常生活を取り戻して、社会復帰できるものと期待していました。ところが、期待と現実との大きなギャップを経験したのです。
大塚さんは、がん治療の壁を乗り越えた患者さんが治療終了後に苦しめられる第二の壁として、以下の3つを挙げています。

  • 治療終了=回復という期待と現実とのギャップ
  • 生活環境の激変
  • 周囲の期待と実際にできることとのギャップ
  • *1:あるがんと診断された場合に、治療でどのくらい生命を救えるかを示す指標。あるがんと診断された人のうち5年後に生存している人の割合が、日本人全体*で5年後に生存している人の割合に比べてどのくらい低いかで表します。100%に近いほど治療で生命を救えるがん、0%に近いほど治療で生命を救い難いがんであることを意味します。
    * 正確には、性別、生まれた年、および年齢の分布を同じくする日本人集団
  • *2:地域がん登録によるがん生存率データ(1993〜2008年)によると、2006年から2008年においてがんと診断された人の5年相対生存率は男女計で62.1%(男性59.1%、女性66.0%)との報告があります。
  • *3:卵巣がんのステージ3c 後腹膜リンパ節転移の有無に関わらず、最大径2cmを超える腹腔内播種を認めるもの。最終ステージである4の一歩手前。

自身の期待と現実にギャップ:治療終了後は医療スタッフの支援がおおむね終了

大塚さんは、治療中は副作用にくじけそうになっていたのですが、医療スタッフの非常に手厚い支援がありました。治療を終了したときには、主治医、医療スタッフ、周囲から「おめでとう!」と祝福されて、卒業式のようなワクワクした気分になっていました。
ところが、抗がん剤投与が終了しても、いろいろな身体的不具合は残りました。体力低下も著しかったので、およそすぐには仕事復帰できるような状態ではありませんでした。
体調以外に年齢やブランク、勤務条件の制限などにより、働きたくても働く場所が見つけにくくなることも痛感しました(表)。

表:がん経験者個人が感じる治療終了後の期待と現実との乖離

提供:大塚美絵子さん

周囲の期待に応えられない:「もう治療は終わったでしょ?」はきつい一言

周囲の期待と実際に応えられることとのギャップは、がん経験者が一見すると普通に見えてしまうことが起因していると大塚さんは指摘しています。
お腹の傷は外からは見えないし、関節痛や手先・足先の痺れといった治療後の不快な症状は目に見えません。病気になる前と違うのは髪が極端に短いだけなので、外見上は何も問題がないように見られがちです。そのため、身内や家族は病気になる前の役割を期待しがちになります。
しかし現実は、体調面ではまだまだ病気になる前の状態には戻っていないのです。周囲が期待するような役割ができません。
「もう治療は終わったでしょ」と言われたことがありました。何気ない一言ですが、大塚さんにはナイフのように心に突き刺さりました。がんに罹患した人は、真面目で周囲の期待に応えようとするタイプが多いので、この一言はがん経験者のメンタルをナイフのようにえぐります。とても堪えました。
病院のサポートセンターでは治療以外にも生活などの相談に応じてくれることもあるのですが、治療が終了すると病院に行く回数も減ります。
そして、生活やお金、仕事のことに関してはどこに相談したらよいのか、適切なサポートがなかなか見つけられないという悩みを持つようになります。

治療終了後は収支バランスが劇変

がん経験者が直面する治療後の環境については、さらに収支バランスが劇的に変化することに対して大塚さんは注意を促しています。
仕事に復帰できても、復帰直後は時短という場合も多いので給料は減ります。傷病手当金は1年6ヵ月しか払われません。仕事を辞める人も少なくありませんが、失業手当は働けることが前提で、体の状態が悪いと受けられなくなることに注意しないといけません。
税金や保険料などは前年の収入が基準になります。がん保険は治療を保障するものですので、治療後の生活保障ではないのです。
出費は、体に合った衣服や靴、装具、ウィッグや帽子などを購入しないといけません。体力が低下するのでタクシーを利用することが多くなるなど、交通費は増大することになります。いくら不安が増大しても、生きるための支出となるので削れないのです。

がん経験者が完全復帰できるまでのサポート体制が必要

がん経験者さんは、治療中と治療終了後のギャップが大きすぎることにより、以下のネガティブ思考のスパイラルに陥る人も少なくない可能性があることを大塚さんは指摘しています。

  • 治療終了後は医療サポートがおおよそ終了。まだ自宅療養の時間が長いので、社会から隔絶されて居場所が失われたよう孤立・孤独を感じる
  • 家族や周囲からの期待に応えられず自尊心を喪失する
  • 元の仕事に戻りにくくなるなど自信を喪失する
  • 社会復帰の方法がわからず、相談先もわからなくなり焦燥感がでてくる

今後、がん経験者の増えるこれからの社会において、治療が終了した後から完全復帰を果たすまでの1〜3年の間の過渡期において、がん経験者をどのようにして支えていくのかについて考えていく必要があります。
また、がん経験者自身も人生(死生)観・価値観を問い直す必要があると大塚さんは言います。

治療終了直後はどうしても失ったものに目がいきがちです。すると、どんどん気が滅入ってしまいます。
せっかく治療がうまくいったのに、先行きの不透明さから、「先生、何で治しちゃったの」と思ったことすらありました。
しかし、病気になったこと、治療が成功したことには何か意味があるはずだと必死で考えました。すると、もの事には必ずよいことと悪いことの二面性があることに気づきます。そしてよい面だけに意識を集中すると、いろいろ見えてくるものがあるのです。
「問い直し」作業は決して楽なものではありませんが、もの事の良い面に目をむけるクセがついてくると、どんどん思考がポジティブになり、生きることが楽しくなってくるのです。

大塚さんは、治療終了後に足の違和感やさまざまな後遺症に悩まされていた自分を見つめ直し、同じような境遇の仲間のQOL向上をお手伝いしたいと考えて、リンパ浮腫などの対策のための弾性ストッキングや弾性スリーブなどを販売するお店「リンパレッツ」(https://www.lymphalets.biz/)を開業しました。
がん経験者さんが治療終了後に陥るアイデンティティ崩壊の危機に対し、大塚さんは治療後から完全復帰前におけるサポート体制を整備することの必要性と、がん経験者の協力・情報交換として、患者会や各種セミナーへの参加、先輩の生活体験談を聞くことの重要性を強調しています。

公開日:2018/06/18
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