疾患・特集

認知症をあきらめない!iNPHの手術で笑顔を取り戻した体験談

iNPHの医療現場では、いま…

日本では、2004年5月には諸外国に先駆けて「特発性正常圧水頭症診療ガイドライン」が発行され、安全な診療に向けて体制が整いつつある。さらに脳神経外科医や神経内科医などの研究によって、特発性正常圧水頭症(iNPH)の解明がかなり進んできている。

診療ガイドラインの発行に伴い、全国の診療現場ではどのような変化があったのか、東京共済病院院長・桑名信匡先生と、恵み野病院院長・貝嶋光信先生にお話をうかがった。

『もしかして…?』と思う人は、まず医師にぶつけてみて!

桑名信匡先生
桑名信匡先生
(東京共済病院 院長)

―― 2004年のガイドライン発行から5年が経ちますが、医師たちの間ではiNPHについてどれくらい認識が高まっているのでしょうか。

桑名先生:
脳外科や神経内科の専門医の間では、かなり浸透していますよ。ガイドラインが発行されたとき、数多くのメディアが取材に来てiNPHのことを取り上げてくれました。一般の内科医向けの情報雑誌にも紹介され、さらに認識が広まりつつあると感じています。

―― iNPHの診察に訪れる患者さんは増えていますか?

桑名先生:
確実に増えていますね。地元のかかりつけ医から紹介されたり、テレビの健康情報番組や雑誌を見てiNPHのことを知り、診察にいらっしゃる患者さんも多いですよ。
はるばる地方からやって来たある患者さんは、歩行障害で困っていたところ、お友だちから「あなたのことじゃない?」と雑誌の記事を見せられたというんです。タップテストで髄液を抜いたら、数時間でスタスタ歩けるようになってしまった。もちろんご本人の地元の病院を紹介し、手術後、かなり回復したとお礼の手紙が届きました。

―― 医師による診断や手術の技術は向上しているのでしょうか?

桑名先生:
歩行障害、認知症、尿失禁の三大症状の確認と、画像診断による検査、タップテストを行うことで、診断技術もかなりレベルアップしてきました。特にMRIの冠状断画像(頭を垂直に切った画像)を見ると、iNPHの特徴がよくわかります。一方、外科医たちも、勉強会を開くなどして腕を磨いているところです。
現在ではさらに簡単に診断がつく方法が見つかってきており、手術のリスクも減らしていけるのではないかと思っています。

―― 「もしかして……」と思ったら、どうすればいいでしょうか?

桑名先生:
先にあげた三大症状など、心当たりがあったら、かかりつけ医にこのページを見せるなどして「もしかしたらiNPHではないでしょうか?」と相談してみてください。もしその時点で医師が知らなかったとしても、きっと調べてくれるはずです。逆に「年だからボケるのは仕方ない」と病院にも行かないのは大問題。認知症も早期発見・早期治療が肝心ですし、大変に良くなられた患者さんもたくさんいらっしゃることも、ぜひ心に留めておいてください。

手術で劇的に改善するiNPHの患者さんたち

貝嶋光信先生
貝嶋光信先生
(恵み野病院 院長)

最初の一歩がなかなかでない、小刻み歩行、方向転換が苦手…。こうした特徴を持つ患者さんが、ときどき外来にやってきます。昨年ゴルフの最中に左不全麻痺を起こし、緊急搬送されてきた70歳代の女性もその一人でした。患者さんに「iNPHかもしれません。手術で歩行が改善しますよ」とお伝えすると、「認知症の症状」という部分でショックを受けたようで、そのまま話が止まってしまいました。

数日後、診察室にやってきた別の男性の歩き方を見ると、これもまたiNPHに特徴的な歩き方です。手術をおすすめしましたが、歩行障害以外に失禁も認知症状態もないため、様子を見ることに。しかし、半月もしないうちに歩行が悪化、転倒による顔面打撲で入院したことを機に手術を行ったところ、術後一週間で劇的に歩行が改善しました。

ピアノも習い始めた

その後も診察でiNPHの患者さんに出会っては手術をおすすめし、この1年6ヵ月で(2005年当時)38例の手術を行い、劇的改善例は16件を数えています。その他の例でも、ある程度の改善が認められ、本人はもちろん、ご家族からも感謝の言葉をいただいています。最初の患者さんは大いに悩まれ、手術を決断するまでに半年かかりましたが、現在では1日1万歩を歩き、ピアノも習い始めたそうです。

iNPHの初期症状は、歩行障害です。認知症の症状がなくても、冒頭に挙げたような歩行障害が見られるときは、ぜひ一度医師の診察を受けてみてはいかがでしょうか。

「こうして回復しました!」 患者と家族の体験

自分自身や家族が、いざ認知症になってしまったら…。
不安と混乱を乗り越え、ふたたび明るい日々を取り戻した患者と家族の体験談をご紹介しよう。

「こうして回復しました!」 患者と家族の体験

嶋 好子さん 79歳

「脳梗塞で倒れた後、徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりとなって表情も乏しかった母。手術後1週間で自力で食事を食べられるようになり、1ヵ月で意思の疎通もできるようになりました!」

~ 娘さん(57歳)の体験談 ~

脳梗塞で倒れた後、左半身のマヒと歩行困難が…

母は、父とともに、長年、北海道白老町にある湯治温泉旅館を経営していました。「仕事が趣味!」というくらい、お客さんの世話や旅館の切り盛りで大忙しの毎日を送っていた母ですが、71歳のときに脳梗塞で倒れて、入院。一命はとりとめたものの、左半身にマヒが残りました。
母の退院後、少しして父が他界。その頃から母は徐々に歩けなくなり、ほとんど寝たきりで全面介助を必要とする状態となってしまったのです。 食事を全く受けつけなくなり、呼びかけに応じず、表情も乏しく、植物人間のようになってしまった母。ほんの数年前までいきいきと旅館を切り盛りしていた姿とは、まるで別人のようでした。

迷わず手術へ。そしてふたたび意思の疎通ができるように…!

母は口からものを飲み込むことができなかったため、PEG(*)という、胃に穴を開ける手術が必要でした。恵み野病院の消化器科を紹介されて入院したところ、脳MRI検査の後で脳外科の先生から「iNPHの疑いがある」といわれたのです。 私たち家族にとって『iNPH』は初めて聞く病名でしたし、母自身はまったく理解できない状態です。それでも「母が少しでもよくなるなら…」と、私たちは迷わず手術をしてもらうことにしました。

嬉しいことに、手術後1週間で母は食事を食べられるようになりました。1ヵ月目には家族と意思の疎通ができるようになり、「おはよう」「ありがとう」などの挨拶や、「○○したい」などの要求もきちんと伝えられるようになりました。
さらに2ヵ月後には、自分でスプーンを使って食事ができるようになり、9ヵ月経った現在では、施設に入所し、歩行訓練を続けています。私も母の施設を訪ね、世話を続けていますが、表情や言葉でお互いの思いを伝え合うことができるようになって、介護にもハリが出てきたのを感じています。

脳梗塞の後、歩けなくなったり動けなくなったりしたのは、脳梗塞の悪化と年齢のせいだとばかり思っていましたが、iNPHという病気によるものと診断していただいたことで、母と私たち家族の生活がずいぶん変わったと思います。本当にありがとうございました!

(*)PEG……経皮経内視鏡的胃ろう造設術のこと。口から食事のとれない人や飲み込む力のない人のために、内視鏡を使って胃に小さな穴(胃ろう)をあけ、直接流動食を送り込むようにする手術。