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日本茶・中国茶・紅茶はどう違う?

見出しお茶のルーツは、やっぱり中国!

古来中国では、お茶は「薬」として用いられた
お茶はいつごろから飲まれるようになったのだろう? お茶について最も古い記述は、今からおよそ2000年あまり前に書かれた『神農本草経』という本。神農とは今日の漢方薬の基礎を築いたと言われる人で、その時代はこの本よりさらに2700年前、今から4700年前に溯る。
神農は、野山に生える野草や樹木を実際に口に入れて、薬として役立つかテストしていたのだが、何と1日72回も毒にあたったそう。その度にお茶の葉を噛んで解毒した…というストーリー。
この真偽はともかく、8世紀に陸羽という人が書いた『茶経』という書物を見ても、遠い昔2500年以上の間、お茶は「薬」として用いられていたらしい。

随〜唐時代、初めて日本に伝わった
遣隋使
日本茶
紀元前1世紀ごろ(前漢)から、飲み物として珍重されはじめたお茶。
しかし、まだ栽培法が確立せず、福建省や四川省に自生しているものから取っていたため、お茶の楽しみを知っているのは限られた特権階級だけだった。
これが全国規模に広がったのは、7〜10世紀の唐時代。街には茶店なども登場した。日本に初めてお茶が伝わったのもこの前後、遣随使か遣唐使が持ち帰ったと言われている。日本の記録に登場するのは、724年聖武天皇の時代。朝廷が読経の後に、僧侶にお茶を賜ったというもの。
日本では、まだまだ特権階級の飲み物だったよう。
日本で茶の栽培が始まったのは、日本の茶祖・栄西禅師が、中国からお茶の種を持ち帰ったのが始まり。最初は禅寺で栽培され、中国宋朝の抹茶法が上流階級に広まった。そして、室町時代、千利休が日本独自の茶道を確立し、江戸中期になって一般庶民に急速に広がっていったのだ。

紅茶のルーツも中国だった
紅茶と聞いて思い浮かぶのはインドやスリランカだが、これも元は中国。
ヨーロッパに初めてお茶が紹介されたのは16世紀初め、その後は中国の主力輸出品となった。19世紀半ばに、イギリスがインドに近代的茶園を造るようになるまでは、中国の独占市場だったのだ。
1840年に勃発したアヘン戦争も、中国茶人気が招いた悲劇なのである。
紅茶


見出し日本茶・中国茶・紅茶はどう違う?

日本茶、中国茶、紅茶の製造法の違いを、下の表で分類してみた。

不発酵茶 蒸し製 煎茶
玉露
てん茶
玉緑茶
番茶
釜いり製 玉緑茶
中国緑茶
発酵茶 半発酵茶 ウーロン茶、包種茶
強発酵茶 紅茶
後発酵茶 碁石茶、阿波番茶、黒茶

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