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線虫を用いたがん診断 「ノーベル賞製造動物とも称される人気者シー・エレガンス」の研究で3回目のノーベル賞?

メディカルコラム

望月吉彦先生

更新日:2017/5/29

最近、線虫という長さ数mmの紐状の生き物に関するニュースが続いています。

線虫でがん早期発見 精度は90%超 日立と九大ベンチャーが共同研究(ITmedia)

アニサキス中毒が急増…「新鮮」な魚に潜み、想像以上の激痛(yomiDr.)

などです。そこで、今回は「線虫とがん診断の話題」、次回は線虫の一種である「アニサキス」の話題を提供しようと思います。

「シー・エレガンス」の嗅覚を用いて、癌の早期発見ができるかもしれない

2015年3月11日、九州大学から、凄い研究成果が発表されました。九州大学大学院理学研究院生物科学部門の広津崇亮助教らのグループの研究です。線虫の一種である『カエノラブディティス・エレガンス Caenorhabditis elegans(以下、「シー・エレガンス」と略)』の嗅覚を用いて、『癌の早期発見』ができるかもしれないという報道でした。「癌患者の尿」には「シー・エレガンス」が好む物質が含まれていて、その物質はある種の匂いを発し、その匂いを求めて、「シー・エレガンス」が遊走していくことを見いだしたという研究です(文献1)。
線虫とは「線形動物門の一綱で.土壌・淡水・海水中などあらゆる場所に生息し、なかには動物に寄生したり、植物に寄生したりもする」。そういう動物です。大きさは0.5〜4ミリです。糸のような動物です。人間になじみがあるのは回虫、ギョウ虫、アニサキスなどの寄生虫でしょう。その「線虫の中の線虫」とでも言えるのが、この「シー・エレガンス」です。
「シー・エレガンス」は観察しやすいため、多細胞生物のモデルとして研究が数多く行われ、多細胞生物としては世界で初めて全ゲノム解析がなされています。受精卵から成虫に至る全細胞の発生、分化の過程が細胞系譜として明らかになっています。シー・エレガンスの受精卵は分裂を繰り返しながら、それぞれの細胞が最終的に身体のどこの細胞に分化するか、その正確な系譜図が完成されました。シー・エレガンス研究の創始者の3名、シドニー・ブレナー (Sydney Brenne)、ロバート・ホロビッツ(Howard Robert Horvitz)、ジョン・サルストン(John Edward Sulston)は、この成果で2002年ノーベル生理学・医学賞を受賞しています。シー・エレガンスを用いて、RNAi と呼ばれる遺伝子抑制手法が発見され、この発見に対しても、2006年にノーベル生理学・医学賞がアンドリュー・ファイアー(Andrew Fire)とクレイグ・メロー(Craig Mello)に授与されています。シー・エレガンス研究で2回にわたり計5名のノーベル賞受賞者が出ていることになります。「ノーベル賞製造動物」ですね。

ここで、シー・エレガンスがなぜ「細胞」の研究にはうってつけだったのか列挙してみましょう(参考文献5.)。

  1. 寿命が21日と短く、生から死までの観察が容易
  2. 体長約1mmと小さいので飼育が容易
  3. 全細胞数は1000個以下と極めて少ない(人間は60兆個)
  4. 体が無色透明などで、顕微鏡で細胞の中までが見える
  5. 遺伝子の数は、人間が23,000個なのに対し、シー・エレガンスは19,000個であり、その約70%はよく似た構造をしている
  6. 大腸菌を餌として飼育が可能(ちなみに大腸菌培養も容易)
  7. 口から肛門に至る消化管がある
  8. 神経、筋肉、消化管、表皮、生殖器といった基本的な組織、器官がある
  9. 匂いを頼りにエサを探す(嗅覚がある)
  10. 痛み刺激に対する反応がある(突っつくと逃げる)

つまり、シー・エレガンスは、人間をシンプルにした模型のような動物とも捉えられ、実験によく使われているのです。
そこで、上記9.の性質を使って癌患者さんの尿とシー・エレガンスの反応を研究したのが、今回ご紹介している「シー・エレガンスの嗅覚を利用した癌早期発見法」の研究です(参考文献1.2.)。

シー・エレガンスの嗅覚を利用した癌早期発見法

癌患者の尿20検体、健常者の尿10検体について線虫の反応を調べたところ、全ての癌患者の尿には誘引行動(シー・エレガンスは癌患者の尿に引きつけられるような行動)を、反対に全ての健常者の尿には忌避行動(健常人の尿からは逃げる行動)を示しました。これは凄い発見ですね。以下に示す二つの写真がこの予備実験の実験写真です。

上の写真は、癌患者の尿をシャーレの + 印部分に垂らし、そのシャーレにシー・エレガンスを入れ30分経った時の反応です。シー・エレガンスは + 印部分付近に集まっています(誘引行動)。白いゴミのように見えるのがシー・エレガンスです。下の写真は、健常者の尿を同様にシャーレの + 印部分に垂らした後にシー・エレガンスを入れると + 印部分にシー・エレガンスは集まっていません。むしろ反対に移動しています(忌避行動)。
実に面白いですね。この予備実験の結果により、次にやや本格的実験に移っています。242検体(癌患者:24、健常者:218)の尿を用いて実験を行いました。その結果、凄いことがわかります。下が、その結果をまとめた表です。

「CEA、抗p53抗体」「尿中ジアセチルスペルミン」は、現在使われている癌マーカーです。「N-nose」は線虫の反応です(線虫(nematode)と鼻にちなんで「n-nose」)。癌患者24名の尿中23名の尿は誘引行動を示した一方、健常者218名の内、207名には誘引行動を示さなかったのです。感度(癌患者を癌と診断できる確率)は95.8%、特異度(健常者を健常者と診断できる確率)は95.0%ということになります。しかも、図表の如く、早期癌も発見できるとしています。ステージ0またはIでも90%以上は発見できるとのことです。

これが実用化されたら、尿を用いた早期癌発見が可能になるかもしれないですね。シー・エレガンスが尿に対して誘引行動を示したら「癌があるかもしれないので、その時点で初めて精密検査をすれば良い」そういう夢のような検査法が確立されるかも知れません。すでにこの検査法を確立すべくベンチャー企業ができていて、実用化一歩手前まで来ています(参考文献7.8.9)。

「癌」と「臭い」の研究は犬でなされていた

この研究は、ある外科医の発見から始まっています。元々、「癌」と「臭い」の研究は、犬でなされていました。例えば文献4は「嗅覚訓練をした犬を使うと、肺癌、乳癌患者を見つけることができる」という論文です。日本にも「癌探知犬」を飼育している方がいらっしゃり、九州大学消化器外科の園田英人先生は以前から、この方々と一緒に癌と犬と匂いの研究もしていました(文献5)。しかし癌探知犬の養成には一頭当たり、500万円程度かかるのがネックになっていました。
その園田先生が、胃アニサキスの治療中に「アニサキス幼虫が“見つかっていなかった胃がん部位”に好んで食いついている」と気づいたこと(文献3)から、この研究が始まったのです。先にも申した通り、「アニサキスは線虫の一種」です。線虫の嗅覚について研究していたのが、同じ九州大学理学部にいた広津崇亮先生でした。広津先生は東京大学理学部で線虫の嗅覚の研究をしていました。2000年にはNature誌に線虫の嗅覚に関する論文が掲載されているくらい、線虫の嗅覚の専門家です。その廣津先生が、東大から九大に移り、園田先生がそのこと(=線虫の嗅覚専門家が九大にいる」に気づき、「線虫と匂いと癌」について相談したことから、この研究が始まっています。「縁」「運」「The chance favors the prepared mind」なんていう言葉を想起します。

元々、線虫には嗅覚受容体が1,200種あり(人間で約400種、犬は800種)、1mmほどの小さな体でありながら、人間の3倍も匂いを嗅ぎ分ける受容体があることも判っていました。そうした鋭敏な嗅覚をもっている線虫を利用しようと考えたのが今回の発見の基礎になっています。シー・エレガンスのゲノムはすで完全解読されていて、約15,000個あり、そのうち「嗅」に拘わるものが4個であるのだそうです。PLoS ONEに載った論文(文献1)を読むと、線虫の嗅覚遺伝子を操作して「嗅覚を感じない」線虫を作っていますが、この「嗅覚を感じない」線虫は、癌患者の尿に反応しなくなることも示しています。実に面白い話です。将来、シー・エレガンスが嗅ぎ分けることができる「癌患者尿が発する匂い物質」が解れば、線虫を使わなくとももっと簡単に癌診断が可能になるかもしれません。
シーエレガンスを用いた癌の早期発見方法が世界中に広まれば、癌の診断方法が大きく変わると思います。そうなれば、線虫「シー・ーエレガンス」研究で、三回目のノーベル賞という事になるかも知れません。とても夢のある「エレガント」な研究だと思います。

【参考文献】

  1. Hirotsu T, Sonoda H, Uozumi T, Shinden Y, Mimori K, Maehara Y, et al. (2015) A Highly Accurate Inclusive Cancer Screening Test Using Caenorhabditis elegans Scent Detection. PLoS ONE 10(3): e0118699. doi:10.1371/journal.pone.0118699
  2. 線虫で100円がん検査(九大理学部ニュース)
  3. Sonoda H, Yamamoto K, Ozeki K, Inoye H, Toda S, Maehara Y. An anisakis larva attached to early gastric cancer: report of a case.
  4. McCulloch M, Jezierski T, Broffman M, Hubbard A, et al. Diagnostic accuracy of canine scent detection in early- and late-stage lung and breast cancers. Integr Cancer Ther. 2006; 5(1):30-9.
  5. Sonoda H, Kohnoe S, Yamazato T, Satoh Y, et al.Colorectal cancer screening with odour material by canine scent detection. Gut. 2011;60(6):814-9.
  6. はじめに線虫ありき―そして、ゲノム研究が始まった アンドリュー ブラウン (著) 青土社
  7. スマートエレガンス社
    http://www.smartcelegans.com/index_j.html
    注:
    生物界の人気者シー・エレガンスは土壌に広く生息しています。しかし、どうやって移動しているか不明でした。2015年7月12日の「BMC Ecology誌」にシー・エレガンスはナメクジに食べられるけれど、消化はされないでナメクジと共に旅をする。だから土壌のあちこちに「本来はあまり動けないはず」のシー・エレガンスが移動できるのだろうという論文が発表され、漸く何故、あまり動かないシーエレガンスが広く分布するか、解明がすすみそうです。それにしても、50年以上研究されても、こういう基本的なこともわかっていなかったことの方が驚きですね。
    記事の日本語
    Petersen C1, Hermann RJ2, Barg MC3,et al.Travelling at a slug’s pace: possible invertebrate vectors of Caenorhabditis nematodes BMC Ecology201515:19
  8. 線虫がん診断、沖縄で臨床研究 東京のベンチャー 早期発見の手法確立へ(琉球新報)
  9. 日立とHIROTSUバイオサイエンス社が、線虫によるがん検査の実用化に向けた共同研究に合意(日立製作所ニュースリリース)

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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