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リンゲル液の発見をもたらした4つの偶然

大人の健康情報

望月吉彦先生

更新日:2015/04/20

前回に続き「リンゲル液」の話についてご紹介します。「リンゲル液の発見」と言うか「発明」はまさに『セレンディピティ』でした。
私が考える偶然は四つです。これらがそろって初めて大発見につながったと思っています。

リンゲル液のシドニー・リンガー:兄、長崎のフレデリック・リンガー:弟
リンゲル液のシドニー・リンガー:兄、長崎のフレデリック・リンガー:弟

リンゲル液の発見

偶然その(1)は、リンガー家が非英国国教会信徒だった事です。それゆえに幾ら優秀で勉強が出来てもオックスフォード、ケンブリッジ大学(以下、「オックスブリッジ」と略。)には入れなかったのです。
そのため兄リンガーは1854年18歳の時、「自由な学風」で知られたロンドン大学医学部に入学します。これが後に大きな意味を持ちます。

兄リンガーは、1860年に24歳で卒業し、そのまま同大学病院に就職します。内科の臨床医として研鑽を積み、1866年には30歳で指導医となります。しかし、よくわからないのですが、卒後2年にしか満たない26歳の時に“Professor of Materia Medica”に就任してしまうのです。“医薬品教授”とでも言うのでしょうか。「オックスブリッジ」に入学していたらこの年齢でProfessorになるなどあり得なかったでしょうからロンドン大学で兄リンガーが勉強出来たのは大袈裟な言い方かもしれませんが、人類にとって幸せなことでした。余談ですが、1870年には英国国教会信徒以外でも「オックスブリッジ」に入学できるようになっています。

話は戻ります。兄リンガーは、臨床医として確固たる地位を築き、「治療法」に関する教科書も執筆、版を重ねています。兄リンガーの弟子には、カナダから来たオスラーがいました。彼こそ、後に“内科の神様オスラー”と呼ばれた名医です。そのオスラーですらも兄リンガーの事はべた褒めしています。“神様”が褒めるのだから超一流の内科医だったと推測されます。兄リンガーは、とにかく観察し、勉強し、治療、研究に熱心だったと、別な弟子が残しています。兄リンガーは、臨床医として患者さんの治療に当たる一方で“医薬品教授”として実験も続けています。超人的な取り組みです。臨床の論文はもとより実験に関する論文も書いていますが、はじめは彼の論文が世間から注目されるような大当たりはありませんでした。

しかし、神が降り立ったとしかおもえない出来事が1882年彼の実験室に生じます。偶然その(2)です。
兄リンガーはこの当時、食塩水に血液やタンパク質を添加して作った液でカエルの心臓を灌流する実験を行っていました。要するに食塩水にどういうモノを添加すれば心臓の働きが長時間持続するか?そういう実験を行っていたのです(注:心電図の発明は1906年です)。
1882年5月のある日の実験で急に心臓の動きが良くなったのです。4時間も心臓が勢いよく動いたと報告としています。心臓の動きは「血圧」を測定してその指標にしていました。とにかくいつもなら数分から数十分で心臓はその動きを停止してしまうのにその日の実験はいつもと違ったのです。4時間も心臓が動いていたのです。兄リンガーは、この心臓の動きの良さは、

  1. 今までの実験がどこか間違っていたか?
  2. 実験方法がこの日に変更していたか?

のどちらかだと考えて検討します。
簡単に“検討”と書きましたが、その日だけ上手くいって、それを見過ごしていたら彼の偉大な発見はなされていなかったと思います。兄リンガーは違います。その日の実験を詳細に検討します(元々、臨床医で患者さんの詳細な観察と診断には定評があった医師です。そういう科学者、医師としての“感”もあったと思います)。結果、とても面白いことが解りました。
いつもは食塩を蒸留水に溶かすのに、その日に限って助手が間違って“New River Water Company”の水道水を使ってしまったのに兄リンガーは気づきます。
これが偶然(2)です。嗚呼、なんと素晴らしい間違いでしょう。この助手は無名ですが、彼にも栄誉の半分くらい与えても良いと思います。普通なら怒ってお終いとなるところですが、兄リンガーは違います。

そして次の偶然(3)です。それは水の中の電解質濃度測定が1880年頃にはすでにこの測定方法がある程度確立されていたということです。
この測定方法は1869年にドイツのフリードリッヒ・コールラウシュにより発表され、兄リンガーの実験の頃(1882-1885年)にはこの測定方法が確立されていました。このタイミングに電解質濃度測定方法が確立されていなかったら偉大な発見もあり得なかったのです。測定方法を勉強していた(これがとても大事ですね)兄リンガーはこの水道水中の電解質濃度を直ぐに測定したのです。

次に、偶然その(4)です。この“New River Water Company”の水道水組成が心臓の動きに適した電解質を持っていた事です。普通の水道水だったのですが、これが偶然心臓還流液として理想に近かったのです。ここに兄リンガーが測定したその水道水の組成を書きます。

  • カルシウム:38.3ppm
  • マグネシウム:4.5ppm
  • ナトリウム:23.3ppm
  • カリウム:7.1ppm
  • 各種炭酸:78.2ppm
  • 硫酸:55.8ppm
  • 塩素:15ppm
  • 珪素:7.1ppm
  • 遊離炭酸:54.2ppm

ここまででも十分すごいのですが、兄リンガーはさらに凄い実験を行います。どの要素が心臓の動きに重要かを詳細に調べたのです。
その結果、

  1. 心臓の働きにはカルシウムが不可欠である事
  2. カリウムが多いと心臓は止まってしまう事
  3. カルシウムとカリウムの割合が良くないと心臓の働きが悪くなる事

を突き止めています。
2.のカリウムが多いと心臓が止まる事を利用して心臓外科医は心臓を止めて手術を行います。
全ての心臓外科医は彼の発見した事の恩恵を受けています。元心臓外科医の私も足をロンドン方向には向けて眠られません。今度、ロンドンに行く機会があったら、是非とも兄リンガーのお墓参りをしたいと思っています。

助かった患者さんの数は数億人〜数十億人

閑話休題、いわゆる「リンゲル液」はこの実験を元に開発された点滴液です。血液の代用として使われています。ここでも戦争が関わります。
第二次世界大戦中、輸血が使えない時に血液の代用として「リンゲル液」が大量に使われて認知されます。元々の「リンゲル液」とは組成内容に多少の違いはありますが、基本はこの1882-1885年にかけて行った兄リンガーの実験がベースになっています。
この「リンゲル液」で助かった患者さんや心臓を止めて手術を行うことにより助かった患者さんの数は数億人〜数十億人でしょう。これからも救い続ける事になると思います。

私は、兄リンガーの「リンゲル液」の発見・発明は、典型的、教科書的『セレディンピティ』と思っております。
ところで、弟リンガー(フレディック・リンガー)は、1865年に長崎に入った後、非常に幅広い事業活動を始めました。
長崎の殖産興業に力を注ぎ、長崎の国際交流に尽力しましした。しかし、1907年英国に帰国中に亡くなっています。兄リンガーは、それから間もない1910年にイギリスで亡くなっています。弟リンガーは兄リンガーと日本そして長崎の地ことを語ることが出来たのでしょうか?興味があるところです。そういう資料がどこかにあるかもしれませんね。機会があったら調べてみましょう。

皆さん、長崎に行った時、グラバー園のグラバー邸の下にあるリンガー邸も是非訪れてみてください。
そして、長崎ちゃんぽんを食べる機会があったら「リンゲル液」の事も思い出してください。
点滴を受けることがあったらこのことを思い出してください。

最後に兄リンガーの口癖とパスツールの言葉を引用して終わりにします。

“ Duty first, pleasure after.” by Ringer
“ Chance favours the prepared mind.” by Pasteur

心に響きませんか?

望月吉彦先生

望月吉彦先生

所属学会
日本胸部外科学会
日本外科学会
日本循環器学会
日本心臓血管外科学会
出身大学
鳥取大学医学部
経歴
東京慈恵会医科大学・助手(心臓外科学)
獨協医科大学教授(外科学・胸部)
足利赤十字病院 心臓血管外科部長
エミリオ森口クリニック 診療部長
医療法人社団エミリオ森口 理事長
芝浦スリーワンクリニック 院長

医療法人社団エミリオ森口 芝浦スリーワンクリニック
東京都港区芝浦1-1-1 浜松町ビルディング1階 プラザ 111 内
TEL:03-6779-8181
URL:http://www.emilio-moriguchi.or.jp/

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